19日の火曜日、彼女は天国旅行に行ったのさ。
幸せだったろうか、今となってはどうでもいいだろうかそんなこと。
火曜日に訃報を聞いてからトラックではラジオをかけてない、静かにしておきたいんだ今は。
彼女はばあちゃんの妹で、そこまで関わりはなかったんだけど親戚の集まりがうちは多いから顔はよく合わせてた。
勝気な一族の女性の中で彼女はおっとりしたタイプ、いつも台所で何かやってたイメージがあるな。
実は身内の死は物ごころついてから今回が初めて、色々大変なんだと思った。
お経を一日に3回も聞いたり、結婚式ばりに葬儀屋が金の話をしてくる。
読経の途中で携帯電話を鳴らしたりする親戚のおバカっぷりにも辟易したけど、俺は俺なりに彼女を心から見送りたかったから我慢した。
今はそんなに影響は出ないな、これから親戚が集まる時とかに彼女がいなくなった事実を感じるんだろう。
波紋のようにゆっくり、徐々に大きくなっていく。
何故かこうして世代は代わっていくんだ、とも思った。長く生きてた人がいなくなり、若いものが残る。
その繰り返し。今までもそう、これからもずっと。
けれど何故か生きてる自分は彼女のぶんまでしっかりしようって気になったよ。音楽をもっと頑張りたいし、従兄の中じゃ俺が一番年上だからもっとしっかりしなくちゃいけないと思った。
おばさんありがとう、遠くに離れてる親戚とも会って話ができて良かった。そんな機会をくれたりもしたんだ。
うん、今は彼女のことを覚えている限り生きていようがいなくなろうが関係ないんだ。彼女のことを思う時間があるから。
悲しみは人を強くしてくれるはずだよね。今からドラム叩きに行ってきます、これから俺が出す音に新たな色が加わることだろう。