母と姉の家族についての今後のことをもくもく無駄に真剣にコロコロ話題が変わる会話を横でご飯の準備をしながら聞くのが苦痛で(テレビも聞こえないし、母と会話したくなるから)高校卒業後、実家を飛び出したのは私のことではない。


こんにちわー


よーし今日から頑張るぞ!


24歳、A型、人生これから物語。久しぶりにブログ再開!


趣味はアイドル鑑賞、ワンピ‐ス(漫画)鑑賞、家電鑑賞、ダイエット、男子でも作れる簡単料理の研究、市and、うつ病と戦う患者です。

あ、けど入院はしてませんし、病院に行ったのは学校に診断書をもらう時と、身内に証明するときだけ二回です。それ


鬱と闘いながら、過食症や双極性障害にもなりました


そんな私でも、東京に就職できましたし、千葉でついこないだまで働いていました。

現学生


たまに鬱の症状は今でも出ます。


無気力、脱力感、体力の低下、休みの日は遅くまで寝て、夜にならないと動かない昼夜逆転の生活

自己自己嫌悪、、、、、もっと悪い方向へと高校生の頃は苦しみましたが、

後悔しか残らないので今は、たとえ間違えても、鬱はだれにでも出る


「心の風邪」


心が健康な人と違うところ、

自分だけが抱えているものを個性として、一緒に背負ってこうと決めました。


もともと周りにうまく自分の気持ちを伝えるのが下手で、勝手な周りの見解が想像を膨らみ、私が思ってないことまでそう思ってるに違いないととらわれるようになり、一度固められた価値観から脱却したくない、そうしたほうが余計なこと考えなくてすむから、私を劣等生とさげすむ氷魚たちと共にいてはつぶれる。


そう思って家を飛び出したのです。


私の考えは間違ってなかった。と思ったのは自分の居場所を自分で見つけたからと、支えてくれる人がいたからでした。


人が手っ取り早く変わるには、心境を変え、それを刷り込ませなきゃいけない。


だから環境を変えること、固執していたものから脱して(どうして@@はわかってくれない)

自立し、自分の意思で新たな道を切り開くことが矢っ張り大事だと思いました、


それには大きな勇気と一歩の行動

忍耐が必要です おかねもかかるし。


わたしは鬱から脱するため家を飛び出し、最終的に知り合いのだれもいない住込みの仕事からスタートしました。


一生懸命働けば何も考える必要もなかったです。


働くのはあまり好きではないのですが、喜ばれるのと。動くのは嫌いじゃなかったです。


引きこもりは動くのが嫌ではなく動けばみな周りが敵だと思い、動けないんですね。

自分んの身を守っているのです。

リスカや摂食障害は、自分に強い自己嫌悪を持っている人が今日も自分が生き延びてしまったことを悔やみ、自分を懲らしめるため?その行為を黒返すといいます。


私は摂取障害でしたが、やっぱり治るまで結構かかりました。


そんなこんなで鬱による就職不全は克服したものの


、、まだ私の中には鬱はいます

もともと

運動が好きで地元がらよく川や海に行ったり部活動で優勝するなどまあ普通の女子だった私が鬱に四年以上悩まされ、家族からも見放され、一人県外に出て、鬱から脱却するまでと今日これからを書いていきます。


絵が得意なので絵も描くかも♪  


そんなこんなで今日は終わり。