7月は
身内ではないけれど
大好きな方が亡くなり、一方では事故にあい、
悲しい事が立て続けにありました


私はいつも自分と周りの関わる人間の幸せしか考えていないけど、
これからはもっと視野を広げてどんな人の幸せも願っていきたいな。


起きてしまったことは取り返しがつきません。
その都度、自分自身と向き合って最善の行動を取るしかないと思う。

7月最後の1日が皆さんにとって、良い日となりますように。
私も毎日一生懸命真剣に生きなきゃね。


今日の反省は、自分のことがちゃんと出来ておらず、お世話になった方々にきちんとご挨拶に行けなかったことです。

ああ、ちゃんとしなきゃ。

これをきっかけに、時々頭の中の色々なことを書き留めていけたらとおもいます。

人は残酷で、普段は対して気にしていなかったことが急に無くなると、途端に焦りはじめます。

今回もこのケースではないかと思う。

私にとっては生活の一部になってた。

彼の歌を聴くと、儚さと悲しさが伝わってきた。

実は、よく涙していた。

悲しいとき、苛立ちを覚えたとき、消えたいと思ったとき、

酔っ払って、なにもかもぐちゃぐちゃになりたい気分になりたいとき、

音量をいつもより3つ上げて、聴いてた。

音と歌詞とメロディがとても痛々しかった。

20年生きた位のわたしには、

挫折など見てきたとはいえ、とても幸せな家庭で多くの知り合いに恵まれてるわたしには、

絶対に理解することが出来ない絶望があった。

だから辛くなった時、少しでも気持ちをわかってもらおうと、わかりたいと聴いてたんだと思う。

曲は、映像は、顔は、今の時代いつでもなんでも聴くことが、見ることができます。

でも、その声の持ち主は、この世にはいません。

よく、ブログで彼の名前を見るたび、「頑張っているんだなあ。元気かな。」と思い、

この日本のどこかに彼は生きてる、と嬉しくなった。

また歌声が聴きたかった。

彼は歌うことが大好きだから、またいつでも聴けると思ってた。

自分の生活に余裕が出たら、聴きに行こうかな、ってそのくらいだった。

もう遅いけど。

死を経験しても人間はすぐには自分の生活スタイルを変えられない。

でも、絶対忘れない。本当に一生、絶対ずっとずっと声を聴き続ける。

だからこの次の曲でサヨナラしよう。

2010年7月15日


大佑さんが永眠されました。




Jubilee-20100716122930.jpg

もう梅雨明けなのかな?今日は晴れ過ぎてる。

今日はずっと蜉蝣を聴いてます。

解散してから、曲に思い入れがありすぎて聴いててとても辛かったけど、これからはもっと辛いよー。




昨日、徹夜明けだったから珍しく20時半頃寝て、2時過ぎに起きた。

ツイッター開いたら、色んな方が書いてた。


この時、大佑が亡くなったことを知りました。


最初は意味がわからなくて一人で「なにこれ?」とか「うそでしょ」とか言ってた。

3時ごろ、休憩中の友達から電話がきて、言葉に出したら涙が溢れてもっと悲しくなった。




高1の時、蜉蝣を知ってすごく好きになって、解散した今でもいつも聴いてる。


私の生活の一部のような感じです。素敵な曲ばかり。




御三家が大好きだったのに、一人減っちゃった。




ソロ活動始めて意気込んでたじゃん。

大佑はとても弱くて痛々しい、そんな歌を歌うけど、自殺とは考えたくないな。




ずっとずっとカリスマボーカルです。

ずっと蜉蝣し続ける。


残念です。今月末は誕生日だったのに。もうすぐ「嫌」発売だったのにね。




hideやフジの志村が亡くなった時のように、ファンにとってはとても悲しい信じ難いニュースです。


これを機会に蜉蝣やスタッズを思い出して聴いてくれる人が増えれば、と思います。


ご冥福をお祈りします。