今から2週間前。
妊娠6か月の検診で、先生に言われました。
『胎児が小さすぎるのと羊水が少ない』と。
ずっと心配していました。
多嚢胞の私が不妊治療のお休みの時に自然妊娠したからです。
嬉しかったけど『私のちゃんと健康な卵子に着床したのか。』ずっと不安でした。
雨の帰り道、傘で顔を隠しながら、
雨の音で声が隠れない位大泣きしながら、
家にも帰らず目的もなく歩いていました。
主人に電話をし、家に帰るよう説得され、
自宅に戻り、主人も心配し仕事を早退して帰ってきてくれました。
『大学病院に行くように言われた。どうしよう、心臓にも何かありそうだって』と
また泣きながら主人に伝えました。
6か月にしては小さなお腹、胎動らしきものも感じたことが無かった。
マタニティライフは楽しいものだと思ってたのに、楽しめないのは私が心配性すぎるからだと思い込ませてました。
犬の散歩の時にお腹を撫でながら話しかけて、今日の天気や季節を伝えていました。
『春になったよ、お家の近くは桜がすごくきれいだよ。来年一緒に見ようね』と。
唯一安心する私と赤ちゃんだけの時間。それだけで幸せでした。
4日後、大学病院へ。
偉い先生が見てくれたのか、
その後数人の先生が出入りして話しを聞いていました。
しばらくして
『この子は腎臓が機能していないね。つまり・・・』
大きなは部屋の真ん中で声だけが響いているような。。。
聞こえるような聞こえないような。
産まれてきても生きられない、
肺呼吸できない、
羊水が作れない、
『どうされるか今回のことは話し合ったことはありすか?』と聞かれ
『生きられないのなら・・・』と言った瞬間涙が止まらなくなり声にならなくなりました。
こんなに大好きなのに、
こんなに大切なのに、
こんなに愛おしい私の赤ちゃん。
私と主人はお空に戻す答えを出しました。
入院は3日後。
生きられないとはわかっていても、今生きてるお腹の子が愛おしく
現実を受止められない自分がいました。
やたら落ち着いていたり、取り乱してみたり、泣きじゃくったり。
その都度、主人は心配してくれ私を励ましてくれました。
『この子はお空に戻るけど、僕らはここにいるんだから。頑張ろう。
乗り越えよう。そしたらまたこの子が戻ってきてくれるよ』と。
そうだね。と言いつつ、主人が先に寝て私も目を閉じると過呼吸になる日が続きました。
ごめんね、赤ちゃんはこのお腹で頑張ってるのに私がこんなじゃ余計お腹の中がつらいよね。
作った元気でもいい。前をむく自信がなくてもいい。
でも、前を向きたい!乗り越えたいと思う気持ちを持とうと思いました。
入院の日、私は主人が妊娠した時にくれた犬の絵のハンカチを持っていきました。
ファイト!と書いてあるメッセージと一緒にもらったハンカチ。
悪阻がつらい時に、一緒に見て私がかわいいと言ったハンカチでした。
違うファイトの意味だったのにごめんね。
荷物を詰めて私は病院に向かいました。