運命が変わった場所は、西梅田駅近くにあった精神科クリニックです。
きっかけは前職の入社して急に仕事内容が変わって、変わった当初は教えてくれる上司がいたのですが、この方が体調を崩されて休んでしまったために全て自分で調べて作業をすることになりました。
すぐに行けばよかったのですが、7月に予約して8月にようやく初診を受けることになりました。
適応障害による抑うつ症状だったので、薬をいただいて飲んでいました。
そのクリニックでは、「発達障害のテスト」があり、それを受けてみました。
会社いきながらテストを受けたので2週間に分けて受けました。
受けた感想は脳みそがエンジンが焼き切れるような感じでした。
そのテストで、広汎性発達障害であることが判明しました。
感想は、わかってよかったと思いました。
それからは精神障害者のための薬が安くなる手続きとか、半年後には精神障害者手帳の手続きをしました。
翌年の正月に抑うつで体調を崩して休むためと傷病手当をいただくための書類を書いていただいたり、障害者年金をいただく手続きを専門の社労士に謝礼金を払って申し込んだりしました。
傷病手当、のちに雇用保険の失業給付(300日間)、障害者向けの職業訓練、障害年金などでなんとか生活できるようになりました。
就職も今現在、障害者として働いています。
給与は6時間勤務なので少なめですが、障害者年金と併せて一般的な賃金になるので生活はなんとかできています。
そのクリニックですが、2021年12月に放火魔により火災に遭い先生、職員の皆様、通院や就職するための講座を受けている皆様が亡くなりました。
その火災が起きたときは職業訓練中で、クリニックの場所柄北新地にあったので飲食店がボヤを起こしたのだろう、と思っていました。
休み時間にネットで調べたら、自分が通っている病院だったので驚きと色々なもんがきて少しパニックになりました。
火災の数日前に自立支援の延長手続きのために診断書を書いてもらったので、非常に悲しかったのを覚えています。
薬がもらえないピンチでしたが、近くに別の精神科クリニックがあったので、薬などはなんとかなりました。
今現在、発達障害者として労働ができているのはクリニックに行って先生に診断していただいたおかげだと思っています。
今現在、クリニックがあったビルは1階のテナントのオーダースーツ屋さんが別の場所にて営業を再開されたこと以外は知りません。
英会話教室とか美容屋さんとかがありましたけどどうしているのかなぁ。と思っています。
ビルは火事に遭ってから閉業状態です。解体する様子もなく改装するわけにもいかず、そのままです。
新地本通の入り口にあった薬屋さんは廃業されて、今は和菓子屋さんになっています。
今現在は通っているクリニックを受けた後の処方箋の薬をいただきに行った後に寄り道をしない限りはほぼ行くことがなくなりました。
今の私の生活も変わりつつあるんだな。とも思いました。