ある日、学校から帰ると母が死んでいた。





命日が近くなるこの時期は、風の冷たさや匂いがリンクして、当時のことを思い出す。


私の母は自死している。
15歳、中学3年生の頃のこと。


あれからもう20年経って、
母がいなくなっても平気で生きられる自分になってしまった。生きているって幸せだって
子供との日々から感じている今の自分に、
15歳の頃の私はなるのが怖かった。
大切な人の記憶が薄れて、生きていけるようになってしまうことが怖かった。




15歳の時、わたしは初めて社会というものに目を向けた。世の中には自分で死を選ぶ人がいること。それを自殺と呼ぶことも、きっと15歳になるまでに知っていた。頭ではわかっていた。

でもそれが私の母だなんてことを
私はずいぶんと受け入れられなかった。




長い人生の中で、
死にたいと本気で思ってしまうこと、
そこまでいかなくとも、死んだ方がマシだわ!!
と思うくらい、悲しみや孤独や嫉妬で、心をコントロールできずに苦しくなることって
1度や2度くらいあるものじゃないのか?


でも人はそれをそっと隠す。
見せては恥ずかしい感情だと判断して隠す。


隠して隠して気づいたら
もうこの世の誰とも話が噛み合わなくなってるような、乖離感が生まれてて、もっと絶望して
死に向かう。


普通のことが普通にできなくなっている。
無でいることさえできなくなる。


世の中にはそんな人がたくさんいる。
死ぬ人もいる。
死にきれない人もいるし
死にたいと思いながら生きている人もたくさんいる。


世の中は輝いて見えていた15歳まで。
この世は素敵だし生きていることは素晴らしい。
命は尊い。楽しいと幸せがいっぱい。
でも、それぞれの事情からそんな綺麗なキラキラした感情だけでは生きられずに、
死を選択肢として頭の片隅に置く人が
いることも事実だと、自分の身をもって私は知った。

この問題を解決することなんて私にできるはずがない。

だからずっと見てみぬふりをしてきた。
芸能人の自死が増えても、なんとなく一瞬ネットニュースを見ながら悲しんで、10秒後にはスワイプしてた。

でも本当はここに関わりたかった。
残されたひとのことを考えるとずっと胸が苦しかった。

生き地獄だと思いながら生きている人が
この世にいることを、0にすることができなくても
やっぱり私は、人の命の輝度と彩度をあげられる存在になりたいなんていう、おこがましい夢がある。


「でも私なんて」と「どうせ無理」を
掻き消せるような気がしたり
飲み込まれそうになったりしながら。