がんばれ日本 -34ページ目

がんばれ日本

期待はずれの 言葉を言う時は 心の中では 頑張れって言っている 聞こえてほしい あなたにも がんばれ

ウェブログという形式で誰かに読んでもらうほどたいそうなことでもないけれど、
どこかの誰かへ向けて文章として形に残しておかなければどうにもやってられないのだ。

私は数年間のFacebook使用期間を通して、ある種の法則を発見した。

私はFacebook上の友人によく「誕生日おめでとう」のコメントを残したり、個人メッセージを送ったりした。
2013年は誕生日を迎えた友人のページに「お誕生日おめでとうございます!」という簡素なコメントを残した。
友人からの返事は「どうもありがとう!」という社交辞令的感謝返信がほとんどで、
私の無味乾燥な祝福に呼応するがごとく、友人の返答温度も微熱だった。

当時の私は、愚かにも、
自分の誕生日の時に友人から祝福されたいがために友人を祝っていた。
そんなスケベ心が友人に見透かされたのか、
いざ私の誕生日当日となったら、友人は誰も祝福コメントをしてくれなかった。
誕生日から数日たった夜、私は自分のFacebookページに、
「今年はたくさんの人から誕生日を祝ってもらえました!ありがとうございました」というつぶやきを投稿した。
当時の行動を顧みても惨めな自分が痛々しく思えるし、心中お察しいたしますとしかコメントできない感じだ。

そんな「本当は痛々しい投稿」に、友人の幾人かは「お誕生日おめでとう。プラスアルファ」のコメントをくれた。
フォーク・クルセダーズじゃないけれど、『悲しくて悲しくて とてもやりきれない』気分に陥った。

私にプラスアルファのコメントを返してくれた人は、
みんなすでに結婚をしていたり、数か月後に結婚を発表するような方ばかりだった。
私に良質な対応をしてくれる人たちはみな心にゆとりがあるように見受けられた。

2014年、2015年と時が進むたびに相手を祝福する度合いも強めていったけど、
2015年7月、精神的に折れてしまいFacebookを退会した。


「私に神対応してくれる人は結婚できる」

これこそ私がFacebookを利用することで発見した法則の一つです。
そんな方たちに幸福が多くめぐり合うことを私は切に願っております。