詳しくはこちら「ガラスの靴の悪態を吐く私もヒール。」
文章の完成度が今一つだった。推敲不足を実感。
丹精込めてブログを書くべきだった。
中途半端なブログになってしまった原因は分かっている。
その日の内に記事を掲載しなければという使命感、そしてフジテレビの特別ドラマを視聴したいという欲望。
それらが原因だ。ドンマイ、私。
あんまり考えたことがなかったけど、ブログを書く時間帯が変わると文章にも変化が生じてくるのだろうか。
今までは日が落ちてから文章を書くことが多かった。
基本的に大人の夜とは、他人に焦らされることが少ない。(昨日は特例として許してくだされ)
誰かにせかされることがない場合、自分のペースで物事に取り組むことができる。
自分次第、つまり自己責任でもある。
称賛されるも自分、批判されるも自分。全責任が己に降りかかる。
私は一人前じゃないから責任をとることはできないが、だからといって無責任でいてはいけない。
何かしようという時にそんな風に居直ってしまってはならない。
ヘマをした時の責任のとり方は雲をつかむようだけれど、自分の挙動言動には責任を持っていきたい。
いったい、わたしは何のはなしを・・・?
そうだ、ブログを書く時間帯の話だ!
朝にブログを書く場合。
朝とは、新しいことが始まる予感、何かが起こりそうな時間だ。
心がうきうきしているそんな時は、思考にも影響が出てくるはず。
朝に書かれたブログはきっと、ポジティブで前向きな文章が出来上がるはず。
朝早くの作業だと脳はまだ眠っていて十分に機能を発揮しないだろうけど、おそらく明るいものが出来上がるはず。
「~~はず」「~~はず」と文末を書いてきたのは、私が朝早くにブログを書いた経験がないからだ。
「心がうきうきしている時は思考にも影響がでてくるはず」
その仮説を検証するためにも、私が一度早起きをしてブログを書いてみればいいのだが、
いかんせん、寝起きが悪く、早起きも苦手なもので。。。
近い将来、朝イチブログが書けたらいいな、なんて儚い望みを持ちつつ。。。
一方、深夜からブログを書き始めた経験はある。
その時間帯は普通の人なら床についている時間だ。
別に自分を「特別な人間」と言っているわけではないが、深夜とは一般的に考えてそういう時間帯だ。
深夜には、終わりや寂しさ、もの悲しさがある。
やはりそういう時に書いたブログだと文章もそういう傾向になりがちである。実際にそうだった。
そんなことを考えていると、何かを作ろうという時にはそれに適した時間帯というものが存在する様な気がしてきた。
現在このブログは夜8~9時に書いたものなのだが、まあまあではないかと思う。(よっ!自画自賛!)
言葉の選び方や文脈の感じ、文章のテンションもちょうどいい具合に感じる。
もしかしたら、作業を行う時間帯だけでなく、曜日なんかもそれに関係してくるのではないか?
しかしまあ、これを言いだしたらキリがなくなってしまうか!
名前、性別、年齢、国籍、住まい、宗教観、趣味、etc...
私たちは古今東西から影響を受けて生活しているわけだから、
つまりその影響を受けた人間が作ったものにも影響が出てくる。仕方がない。
私たちはお互いに影響しながら生きている。
私たちはお互いに影響しながら生きている。
最後までブログを読んでいただきありがとうございます。お疲れ様です。
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