一年に一度はなにかしらのかたちで仏像を見ていたい。
でもそうそう地方へ仏像旅行には行けないし、都内の仏像にも限度がある。
だからこそとも言えるけど、やはり都内の美術館の存在はありがたかったりする。
でもそうそう地方へ仏像旅行には行けないし、都内の仏像にも限度がある。
だからこそとも言えるけど、やはり都内の美術館の存在はありがたかったりする。
日本橋の三井記念美術館で「琵琶湖をめぐる近江路の神と仏展」を観覧した。
なんともキャッチーさに欠けたタイトルだ。
地味にも程があるがしかし、琵琶湖=滋賀県は仏像好きにとって奈良や京都と同等に、
時にそれ以上の魅力的な場所でもあるので、
滋賀の仏像が見られるという時点でテンションはウナギ上ってしまう。
時にそれ以上の魅力的な場所でもあるので、
滋賀の仏像が見られるという時点でテンションはウナギ上ってしまう。
昨年夏に滋賀県の湖東方面を回った。ゆったりとした時間が印象的な土地だった。
仏像は田園風景の中にポツンポツンと点在してあった。
小さなお堂で、基本的に管理しているのはお坊さんではなく
地域のおじいちゃんやおばあちゃんだったりする。
突然仏像を見に行ってもお堂は開いていないので、事前にケータイ番号に直連絡する。
そのような環境で守られている仏像は、本来の意味で信仰が生きていたように思う。
京都の雅さとも奈良の古風さとも違う、生活密着型の仏像だった。
土着的な仏像がその地を離れて、わざわざ東京に来るのだから、
ついついこちらとしても「ようこそ」という気持ちになってしまう。
ついついこちらとしても「ようこそ」という気持ちになってしまう。
展覧会の概要を見ると、「延暦寺、園城寺(三井寺)、石山寺他、42の古社寺」となっている。
参加している寺のラインナップだけでたまらない。
しかも今回の展示では秘仏までもが展示されるので、かなり思い切った内容だと思う。
参加している寺のラインナップだけでたまらない。
しかも今回の展示では秘仏までもが展示されるので、かなり思い切った内容だと思う。
会場に一歩踏み入れると、グッと空気感が変わる。他の展覧会では感じない明らかに仏像展特有の空気。
そう感じるのは僕のおかしなテンションのせいだけではなく、仏像の存在感によるものじゃないかと思う。
時間が静止しているような、永劫的なものを直感するような。
そう感じるのは僕のおかしなテンションのせいだけではなく、仏像の存在感によるものじゃないかと思う。
時間が静止しているような、永劫的なものを直感するような。
滋賀県では珍しい金銅仏、慶派仏師の栄快作・地蔵菩薩立像、初期の快慶作・大日如来坐像など目白押し。
飯道寺の十一面観音立像と、西教寺の薬師如来坐像は是非もう一度、次はお堂の中で見ようと決めた。
飯道寺の十一面観音立像と、西教寺の薬師如来坐像は是非もう一度、次はお堂の中で見ようと決めた。
さて、数多くの仏像があるなかでひときわ目を引いたのが園城寺の吉祥天だった。
装飾性のないシンプルな衣なのに、肩パッド(?)と襟が一体になったようなデザインが斬新すぎる。
なによりも特徴的なのが堂々とした姿勢で、
装飾性のないシンプルな衣なのに、肩パッド(?)と襟が一体になったようなデザインが斬新すぎる。
なによりも特徴的なのが堂々とした姿勢で、
おなかを突き出すようにして反り気味に立つ姿は圧倒的な存在感だった。
左手には如意宝珠を持ち、右手はダラリと施無畏印を結ぶ。
典型的なスタイルではあるんだけれど、見れば見るほど細かい表現で、実在感が強かった。
左手には如意宝珠を持ち、右手はダラリと施無畏印を結ぶ。
典型的なスタイルではあるんだけれど、見れば見るほど細かい表現で、実在感が強かった。
園城寺はいつか必ず行かなくてはならないと思っていたけど、いよいよ行くときが来たかもしれない。
というかすでに心は決まってる。次なる仏像旅行は延暦寺、園城寺をメインに湖南地方を回る。
ところで仏像と対面しているとよく感じることなのだが、
見ているのは観覧している僕らの方か、それとも仏像の方なのか時々わからない。
不意に何かを交信しているような気分になり、昔々にそれを拝んでいた先人にまで思いは飛んでいく。
この場所が2000年代の日本橋だなんて嘘のように思える。
そんな不思議な感覚もまた仏像体験のひとつ。
見ているのは観覧している僕らの方か、それとも仏像の方なのか時々わからない。
不意に何かを交信しているような気分になり、昔々にそれを拝んでいた先人にまで思いは飛んでいく。
この場所が2000年代の日本橋だなんて嘘のように思える。
そんな不思議な感覚もまた仏像体験のひとつ。
展示は他にも仏画や神像も多数出品されていて、改めて琵琶湖周辺の奥深さを思い知ります。
そのうち本地仏も勉強していきたいけど、まだまだ遠い道のり。
日本橋から銀座へ。
途中アップルストアに立ち寄ったら、店の前に椅子が。
何かなと考えてみたらiPhone5の発売が一週間後でした。
まさかな、と思ってたけどそのまさかでした。
同じ場所に座り続けていても、仏像とは程遠いと思った。