ずっとずっと前の事からを
思い返せる期間もあと数日。

6歳の時、たった2年間だけど
ずっと一緒にいた妹を亡くした
子供なのに放心状態だった
今では医療ミスとなってしまうのかもしれない


2年後、弟ができた。
その時は、喜ばしいことなのに
お母さんが病院に入ることが嫌だった
帰ってこないのが怖かったからギャン泣きして
お父さんに抱えられて帰った


数年後、お母さんが髄膜炎で入院した
いとこの家でしばらく暮らした
この時から「病院」は怖い場所で
行きたくない所に認定してた

それから学生時代は怪我や病気なく
平和に過ごして「病院」はご縁のない場所


それでも高校から大学に進学する時は
そんな場所は人が生きていく為には
必要な場所であることもわかっていて
少しでも役に立てたらと
リケジョの道を選んだ
ちょっと浅すぎるけど知識は少し付いた

でもその時はその時で一生懸命になる
別のこともたくさん見つけていて
社会に出る時には
医療と形は違えど「人の役に立ちたい」
と思う道を選んだ


いつか研究職につきたい
と進んだ道でまた違う方向性を学んだ
そこから今の自分が形成されてきたと心底思う


だけど
どんどん大人になっていく程
様々な機会を得て目の前の事も増えて
視野が広くなっていくように思えても
本当は視野が狭くなっていて
光だと思って進んだ道が真っ暗だった


あの時、怖い場所だった「病院」に
立て続けにお世話になり
自分の身体に向き合う機会とともに
真っ暗に進んでしまったことに気付いて
平常心も取り戻し、また光が見えだした


たくさんの人に出会えて
ただの「人の役に立ちたい」が
「好きな人、こと の役に立ち喜ばれること」
に変わり、これが自分の幸せで
笑顔になれるんだって
気付いていたはずなのに忘れそうになってた


わかりやすく大きな笑顔
ちょっとはにかんだ小さな笑顔
心からの「笑顔」って
そういう時に出逢える。
自分も幸せと実感するんだな。って思う


些細なことでも「思いやり」を持って
たくさんの笑顔にまた出逢いたい
平成から令和に変わり落ち着いてきたけど
私の新時代はこれから!

真っ暗になるまでの私も否定しない
一生懸命がんばってたもの。

でも、難しい言葉やビジネス知識や思考を
たくさん身につけていったとしても
もう絶対に忘れたくない芯の部分は
小さくても大きくても
「思いやり」を持って
「笑顔」を生みだし
「好きな人、こと の役に立ち喜ばれること」
私の幸せ。

身の回りの物も色々一新したしね!

またがんばろ!わたし!