通勤途中にパシャリ
桜が綺麗な季節ですね
↑前回記事の続きです…
ですが、その思いはすぐに崩れました。
3月11日、父の様子を見に実家へ行きました。
いつもなら、車の音がすると外に出て迎えてくれる父。
でも、その日はなく。。
家に入ると、こたつに足を入れて布団をかぶり、ニット帽をかぶって「寒い」と言って寝ていました![]()
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背中が痛いと言うので、少しマッサージをして、
「動かんといけん」と自分に言い聞かせるように、ゆっくり散歩とスクワット
でも、呼吸がしんどそうでした
肺を4分の1切除したんだから仕方ないよね。
退院したばかりだし、これから少しずつ良くなればいい。
そう話して、その日は帰りました。
けれど、3月13日。
リハビリの病院で体調が悪化し、レントゲンの結果「肺炎」が判明。
そのまま緊急搬送されました![]()
高齢者の肺炎ということで、ICUへ。
3月14日にお見舞いに行ったときは、
鼻に呼吸器をつけてしんどそうだったけど、30分くらい会話はできました。
3月15日には一般病棟へ。
少し元気になり、携帯を触る様子も見られました。
ですが、3月17日、再び呼吸が悪化
3月18日には「間質性肺炎」と診断され、さらにしんどそうに
3月20日。
会いに行くと、父はほとんど目を閉じて眠っていました。
やっと目を開けてくれたので話しかけると、
返ってきた言葉は、意味のわからないものばかり。
私のことも分かっていない様子で、
涙が止まりませんでした
医師からは、一時的な認知症のような症状が出ているとの説明。
3月21日。
何もないところに手を伸ばしたり、帰ろうとして起き上がろうとしたり…。
幻覚のような症状も見られました。
3月24日には、もう言葉を発することもできなくなっていました。
そして3月28日。
再びICUへ。
「今すぐどうこうというわけではないけれど、しっかり管理するために」
との事でした。
この数日でのあまりの変化に、心がまったくついていきません。
どうしてこんなことに…
どうしてこんなに急に…
肺がんが見つからなければ、
このまま元気に過ごせていたんじゃないか。
手術なんてしなければよかったんじゃないか。
年齢を考えたら、何もせずに過ごすほうが幸せだったんじゃないか。
そんな考えばかりが浮かんできて、涙が止まりません。
神様、仏様、ご先祖様![]()
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どうかお願いします![]()
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祈ることしかできない毎日です![]()
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父はよく、
「いつ死んでもいい。悔いはない」と言っていました。
でも、こんな終わり方は嫌だよね。
毎日、本当によく頑張ってる。
また話せるようになるの、待ってるよー

