こんにちは!
ビューティフルストーリーです
アパレルの店長しています

最近、私自身歴史も興味ございまして古代のファッションにも着目したく思います。

で、古代って何?それ!って興味湧かないかと思いますが、それが中々文献がない分面白いんですよね
そりぁ今の服からしたら茶色のイメージで裸足みたいなただそんな感じでしょーと思われるかもしれませんが、まぁ外れてはないんですがやはりそこにはちゃんと時代背景があってファッションも反映してたんですよね。

縄文時代も最近では、もう稲作が始まってたということで500年伸びました。ですから700年と言われてたのが1200年間と言う事です!
知るところ結構な生活をしてたんですよー
ブドウも食べててそれを発酵してお酒を作って多可能性もあるとかーとにかく平和な時代で食べ物も豊富だったので色々なものを食べてたらしいです。時代が安定してたという事でファッションも当然その事を反映しててアクセサリーを沢山してたのです。ネックレスやブレスレット、アンクルで勾玉などの装飾ですね。



弥生人より縄文人のファッションの方がきらびやかでした。



縄文人は服は針を使って縫ったりもしてて器用な人達でありました。服の素材は植物の繊維を糸にして編んでたとの事です。さすがに天然の素材なので残っては無いそうです。ですが編布は残っててそこから調べると細かく編んでて技術的にズボンも作れるレベルだったと分析されてます。アクセサリーは出土されています。
服装は埴輪などから分析してこうゆうファッションだったのではという事です。
冬はウサギの毛や鹿の毛で作った服を着たりし、暖を凌いでたと思われます。

対して弥生時代にはいると、中国の大陸の情勢が激しく争いが始まり、まだ日本との陸が往来しやすかった為渡来人の流入が多くなり、安定してた本土が一気に人口過多に伴い稲作が広がったりと変化のある時代に入ってきました。稲作の拡大を見るといい意味で大陸からの文化が入って発展していくと同時に内乱もありと不安定な情勢だったと思われます。そんな中で弥生期のファッションは非常に質素な服装になります。ファッションも時代を写す鏡と言われますが歴史を見るとわかる気がします。

下記の写真が弥生期のファッションです。
やはり武器を持った渡来人や争いの絶えない時代だったところからあまり余裕のある時代で無かったのが伺えます。


しかし、日本人は古代から異文化を受け入れてきた事がこのころから歴史をみるとよくわかります。
又非常に技術も高く、大陸との交易をしながらも当時としてはそれなりに見聞も広く高度な考えで政治をしてたと考えられます。

ただの槍を持って動物を追いかけていたわけでは無く様々に外交的政治も行いながら渡来人と関わり、急速な稲作技術の発展も見られるように時代が大きく変化していく様が理解できます。

ビューティフルストーリーでした

ありがとうございました。