同窓会の会場は水を打ったように静まり返っていた。
幹事のエダが苦笑いを浮かべてサトミに言う。
「もうそのくらいにしておけよ。気が済んだだろ?」
「…気が済む? 済むわけないでしょ。さっきも言ったけど、この人たちが過去の自分をブチ殺して私をイジメていたという事実が消えない限り、私の気が晴れることは永遠に無いわ」
「そんなこと言うなよ。それに今の状態じゃあ、お前の方がイジメっ子だぞ?」
「イジメているつもりは無いし、事実を言っているだけなんだけどね」
サトミは肩をすくめながら続ける。
「私が腹黒いイジメっ子に見えても私は構わないわ。イジメられ続けていたんだもの、嫌われることなんて今さら怖くないし。それに私は自分の腹黒さも、底意地の悪さも、自分の醜く汚い部分を良く知っている。そんなもの、怖いとさえ思わないわ。でもこの人たちは自分が子供の頃、どんなに意地悪で卑怯で邪悪だったのか今ごろちょっとだけ気が付いて、今さら怯えているのよね」
鼻で笑いつつ、サトミはショールを肩にかけ直してさらに続けた。
「今もこの胸の中で泣き続けている小学生の頃の私が泣き止まない限り、あるいは私がイジメを受けた記憶が消え去らない限り、私は私をイジメた人間を許さない」
その瞬間、俺たちを取り囲んだ人垣の中から、息を飲む気配があった。
他にも何人かいたイジメっ子たちが固唾を飲んだのだろう。
「だから、あんたたちも忘れないことね。昔、私の悪口を言ったその口で今、愛する者の名前を呼んでいることを。私を囃し立てるために叩いたその手で愛しい者に触れていることを。その度に自分がどういう人間なのか、何度でも思い知れば良いわ」
隣でタカポンが小さく呻き声をあげ、足元でイチハラがすすり泣いている。
俺も泣きたくなった。
それに気が付いたのか、サトミが俺の顔を覗きこんでニヤリと笑う。
「…泣いたって許さないわよ?」
『泣いたって許さないからな!』
保育園の頃、俺の地球ゴマを借りたサトミがパーツを外してしまった時に俺はそう言った。
困り果てたサトミは泣きべそをかきながら走り去った。
足を引きずりながら去っていく小さな背中を、俺は冷たい眼差しで眺めていた。
壊れたと思った地球ゴマを家に持ち帰ったところ、母親が簡単に直してくれた。
しかし、サトミと俺たちの間に入った亀裂はもう埋まらないだろう。
亀裂は俺たちがこの手で作ったものだ。
遠ざかるサトミの背中はあの頃と違い、足を引きずらずにスタスタと歩いていた。
「…足、良くなったんだな」
俺が呟くと、それを聞き取ったのかエダが険しい顔で言う。
「よせよ!」
「な…なんだよ?」
普通に歩けるようになったことを喜んだのに…。
俺が不服そうな顔をしたせいか、エダの顔がますます険しくなる。
「お前…保育園の頃から一緒なのに、サトミのこと何一つ知らないんだな? それで散々ひどいことして…最低だな!」
その瞳に怒りと共に軽い侮蔑の色が浮かぶ。
なんだか少しムカついて、俺は「はあ?! 何を言ってんのか全っ然、わっかんねぇんだけど?!」とケンカ腰に聞き返す。
「…サトミの右足はな、義足なんだよ!」
声をひそめつつも怒気をはらんだ口調でエダが言い放った。
「…え?!」
驚いた。
あんなにスムーズに歩いているのに…。
「リハビリ頑張ったからだろ? 人の努力に目を向けたこと、無いのかよ。あいつ、小学校の時だって、通院したり手術したり色々大変だったじゃねえか!」
…そうだっけ?
俺は思わずタカポンを見やるが、タカポンも困惑した顔で首を傾げている。
「…サトミがお前らを許さない理由が少しだけわかった気がするよ」
エダが呆れながら呟いた。
終わり