あべ静江さん、1974年の紅白歌合戦 | 「はじめての出来事」

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プロ野球は今日も大谷君が勝ちました、それにしても凄いですね、今日テレビで久々に
あべ静江さんを見ました。
以前にも一度書いた事がありますが、私の個人的な見解ではありますが、70年代のアイドルの中で、可愛さでは淳子さんなのですが、美しさでは、しーちゃんではないかと思っております。

現在は63歳だそうです、特に1974年の紅白歌合戦での「水色の手紙」の、しーちゃんは本当に
綺麗で鮮明に覚えているのですが、この時テレビを見ながら、母と祖母が「私、あべ静江って、あんまり綺麗だと思わんは」「私も、綺麗や思わんは」と話していたいた事が、当時意外で今だに覚えているのですが、今見ても、正統的に綺麗だと思うのですが、何故あのような事を言ったのか理解に苦しみます。
ちなみに母と祖母は、違う年の紅白歌合戦ですが、藤圭子さん登場された時、声を揃えて「綺麗やね~」言っておりました。
私はまだ子供で美人の基準がよくわからず、それを聞いて、「藤圭子って綺麗なんや」って思ったのを覚えております。



今見ても綺麗だと思うのですが、私が思うには、母と祖母から見ると、しーちゃんは綺麗というより
可愛いいという感じだったのではないでしょうか、藤圭子さんは確かに綺麗でしたが、どことなく影があり可愛さは感じられなかったので、当時子供の私にはあまりピンとくるものがなっかたのだと思います。

この時、クロード・チアリさんがギターを弾かれております、クロード・チアリさんは阪神・南海で監督をされたドン・ブレイザーさんとそっくりでした。





クロード・チアリさんはアイアイゲームでも人気でした。




ドン・ブレイザーさんは日本に最初にID野球を持ち込んだと言われています、阪神の監督時代
勝つための野球をフロントに理解してもらえず、自らシーズン途中、辞任されたのが残念でなりません、彼のシンキングベースボールは、阪神という球団の体質には合わなかったのでしょうね。

この1974年の紅白歌合戦には、他にも印象深い記憶がいくつかあります。

なんといっても、山口百恵さんと、淳子さんが初出場、特に淳子さんが、百恵さんと森昌子さん
をバックに「黄色いリボン」を歌われたのは今更言うまでもなく、これから続く「花の高1トリオ」の勢いを感じさせます。


ジュリーが「追憶」を歌いながら鳩を出したのも驚きました。

とりは森進一さんと、島倉千代子さんで、二人とも「襟裳岬」という曲でした、この時、森さんのファスナー(社会の窓)が空いていたそうです。

この年の紅白は親戚のおじさんも一緒に見ており、小坂明子さんの「あなた」を絶賛されていたのですが、放送終了後、私の家族に「しかし、あいつは歌が下手やな~」と言われ、母と祖母が、誰?て訪ね、私は「もしや淳子さんか?」とビビって真っ青になっていたら、「天地真理や」と吐き捨てるように言ってたのも記憶に深く残っています。

私は「ホッとすると同時に、天地真理って歌が下手なんだ・・・」と思いました、まだ子供の私には歌の上手い下手の基準もあまりわからなかったのでした。

数年前にわかったのですが、この年の紅白での真理ちゃんは、かなり評判が悪く、翌年の紅白にも落選され、その後ヒット曲にも恵まれませんでした。



1分30秒ぐらいから、紅白の映像が見れます、私が思うに真理ちゃんはアイドル歌手を辞めようかと悩んでいた時期だったのではないでしょうか、時代は新3人娘(真理ちゃん、南沙織さん、小柳ルミ子さん)から、花の高1トリオへと代わっていくのを象徴したような1974年の紅白歌合戦だったように思えます。