「言葉をプレゼントする」
というタイトルの
セミナーに参加してきました★

講師は、
作家であり、ライターでもある
つなぶちようじさん。




「言葉」にはもともと興味があります。

このブログも
人に読んでもらうことを前提に書くので、

表現を変えたり、

説明を加えたり、

余計なところを省いたり、

書いては消し書いては消し、

時間をかけて

愛を込めて書いてます





講演の中で私が感じたことを
紹介させていただきます。


まず、
私たちが普段使っている「言葉」には、
それぞれの背景が含まれています。
 
私は長崎県の出身で、
小学校も中学校も大学も、
坂道を登って通ってました。
そう、登校してました。

東京に来て3年目のあるとき、
一緒に働いてる子の家が
近所だということが発覚しました。

「あの坂をまっすぐ行ったら
〇〇があって・・・」

毎日歩いて帰ってたのですが、
それがどこなのかわからずにいました。

たまたま一緒に帰る日があって、
「この坂をまっすぐ・・・」
って、言われて気づきました!

これ、坂なの!?

彼の言う「坂」
私の思う「坂」
には大きな違いがあったんです。

長崎は坂が多いって言われますが、
住んでた私にはそんなこと
少しも感じられませんでした。
この出来事があるまでは。



私たち人間は、言葉で会話をして
通じ合った気になってますが、
実はそれぞれが考えてることは
まるで別のことだったりもするんですね。


なるほど、
「あれ取って!」
で通じ会えるのは、
相手が今欲しいものがわかる
共通の認識があるから成り立つ会話。



じゃあ、
人間の使う言葉は無意味なものなのか?

そんなことはありません。

言葉があるから、
歴史や遠い国での出来事や聖書などが
伝えられてきたのです。



ここで、
「人間が言葉を話す」ようで、
実は、「言葉を話すことで人間になる」
というお話がありました。


私はこれを脳内で勝手に
さらにシンプルにして、
「言葉が人間を話す」
と表しました。


人間が言葉を話してるのかと思っていたら、
言葉が人間を話してくれてたんですね!



これ、私の中で最近ブームの
「Wパンチ」でした‼︎

「Wパンチ」って何のこと?って方は
こちらを読んでみてください。

そして、
この「Wパンチ」を表すかのような絵を
10年前に描いていました。
こちらです↓
{22076FE5-C43D-42A8-92CC-2E152A768B13}

「水にお花をあげる」


同じく、
「生命が子孫を残す」
ではなく、
「子孫が生命を残す」
って表現もありました。


子孫=生命なので、
この時点でちょっと変なんですが、
生命=いま生きてる生命
子孫=将来生きてる生命
とでも解釈してもらえたら
わかりやすいかな。


つまり、
私たちが子孫を残してるのではなく、
子孫が私たちを
この世に残してくれているのです。

自分中心に書くと、
私たちが祖先をこの世に残してるんです!



私たちは常に自分を中心に考えることが
くせになってるみたいです。


自分が赤ちゃんだったことを忘れ、
自分が姉だということを忘れ、
言葉を話してる気になり、
子孫を残している気になっている。





最後に、
講演の最中にほんの数秒だけ、
自分の世界に旅に出てしまったきっかけが、
脳内で変換されたこの言葉でした。




「地球で生きる人間」

↓↓

「人間で生きる地球」






講演での話と私の頭の中が混合してるので、
文字で分けました。

黒の太文字は、講演内のお話
オレンジの太文字は、講演中の脳内変換