2月の入試期間は長男夫婦と孫が一体となって戦う場であり、もはや私の出番はありません。受験校は志望校と併願校の5校の他、場合によってさらに2校の受験も想定していました。午前・午後の同日受験もあります。各学校の試験・合格発表・入学手続きの日程が複雑に絡み合っています。受験の付き添いや親子面接、試験会場の移動、合否確認、入学書類の受領・提出、入学金納付などの様々な対応で、長男は合否の状況で場合分けした詳細な行動スケジュールを立てていました。希望に沿った結果が得られなければ受験が続き、孫が精神的に追いつめられないか心配でした。このスケジュールが最後まで行き着かないところで早く終わって欲しいと願うばかりでした。
孫の志望校選びについて説明します。受験生の中には何が何でも第一志望校という生徒も少なくないと思いますが、孫の場合はそうではありません。当初は慶應の付属校だけを志望先とし、慶應普通部を第一志望校としていました。その後、前に述べた経緯があって慶應普通部から早稲田実業に志望を変更し、慶應中等部および慶應湘南藤沢と合わせた3校の形に落ち着きました。そして慶應湘南藤沢を第一志望校としていましたが、それはもし慶應湘南藤沢に受かればそこに行くという意味での第一志望です。どうしてもということではありません。この3校は孫にとって実力相応校であると言え、全落ちする可能性も大いにあり得ます。「3校のどこかに入れればいいな……」というのが孫の率直な気持ちでした。周りの私たちの思いも孫と同じでした。
孫の入試は次のようなスケジュールでした。
2月1日 午前 早稲田実業 午後 安全校
2月2日 午前 慶應湘南藤沢(一次) 午後 安全校
2月3日 午前 慶應中等部(一次) 午後 早稲田実業、慶應湘南藤沢 合格発表
2月4日 慶應中等部 合格発表
2月5日 慶應中等部 面接
2月6日 慶應中等部 合格発表
長男には合否を知らせてくれとは言いませんでした。いずれ分かることですし、不合格の場合は酷だと思ったからです。ただ、受かればすぐにでも電話をくれるだろうと思っていました。2月3日の合格発表ではまさに胃が痛くなる思いをしました。13時の発表時刻が迫ってくると不安と緊張に支配され、目に入るのは時計の針だけです。13時になり、連絡のないまま5分、6分と経つうちに、「やっぱりだめだったか……」と思い始めました。10分ぐらい過ぎてそれが確信へと変わりつつあった時、電話が鳴りました。どきっとして手にした電話の向こうから聞こえてきたのは、「じいじ、湘南藤沢落ちちゃった。だけど、早実は受かったよ」という孫の弾んだ声でした。
(つづきます)