📖 前回のあらすじ
市営住宅の実家へと帰った水野薫。そこには2012年に亡くなり、晩年は認知症で自分の顔さえ忘れていた父親が、しっかりとした目で「薫」と笑いかけていた。五十年の時を超え、薫は大好きな両親の胸へ飛び込んだ――。
【第十九話】あの日見た家族の終わり
【マンモス団地:片山三郎の家】
「アチョーーーッ!」
団地の狭い四畳半の部屋で、片山はさっそく、買ってもらったばかりであろうプラスチック製ヌンチャクを振り回していた。
中身は六十二歳。だけど、現代では無機質な病院のベッドの上で、病に侵され、ただ死を待つだけの衰え切った身体だった。
それが今、信じられないほど軽く、どこも痛まない。
十二歳の肉体の躍動感に、片山は涙が出るほどの全能感を噛み締めていた。
ガラッと襖が開いた。
「こら! 狭い部屋でそんなもん振り回さんの! 蛍光灯割ったら承知せえへんで!」
パーマ頭にお決まりのツッパリ気味な口調。おかんだった。
「わ、分かってるって、おかん。ちょっとカンフーの特訓やがな」
片山は照れ隠しにブルース・リーの真似をして、鼻を親指でこすった。
「何が特訓や、早う手ぇ洗ってご飯の手伝いしぃ!」
怒鳴りながらも、おかんの顔にはまだシワ一つない。
その後ろでは、まだ幼い弟が「にぃちゃん、すごーい!」と目を輝かせて片山を見上げている。
その向こうの居間では、親父が無愛想にテレビを見ている。
――片山は、キュッと胸が締め付けられた。
六十二歳の片山は知っている。
このわずか一ヶ月後、三月の卒業式が終わったその日に、おかんは親父と衝突し、この弟を連れてタクシーでこの家を出ていってしまうのだ。
そこから家族はバラバラになり、片山は二度と、この四人での温かい生活を送ることはできなかった。
(あと一ヶ月……。卒業式までのあと一ヶ月、俺の身体が動くうちに、絶対にこの家族をバラバラにさせへん。おかんも、弟も、親父も、俺が絶対に守る……!)
片山は洗面所へ向かいながら、十二歳の小さな拳を、白くなるほど強く握りしめていた――。