「好きだった女性が見知らぬ外国人と結婚してその男性の国に住んでいることを知ったら、自分は訪ねて行くだろうか?」韓国人の男女の24年にわたる互いへの思いを描いた『パスト ライブス/再会』。ニューヨークを舞台にした「せつなさが溢れる大人のラブストーリー(映画のコピー)」を観て最初に頭に浮かんだのは、ロマンチックでもなんでもないそんな現実的な疑問でした。

 

<あらすじ> ※ネタバレ注意

 24年前の韓国ソウル。12歳の少女、ナヨンは同じクラスのヘソンに惹かれ、将来、彼と結婚しようと決めていた。しかし、ナヨンは両親とともにカナダのトロントに移住し、ノラという名前で新しい生活を始めた。

 それから12年後、ニューヨークで劇作家として仕事をするようになっていたノラグレタ・リー Greta Lee 1983-)は、たまたまヘソンユ・テオ Yoo Teo 1981-)が自分を探していることをネットで知り、ビデオ通話を使った二人のやりとりが始まった。失った時を取り戻そうとするかのように二人は頻繁に連絡を取り合い互いへの思いを募らせていくが、ノラはこのままでは仕事が手につかなくなってしまうと言って、しばらくの間、ヘソンへの連絡をやめることにする。

 ノラはサマーキャンプでユダヤ系アメリカ人の若手作家、アーサーと知り合って結婚し、仕事のキャリアも順調に積み上げていった。12年後、そんな彼女に突然、ヘソンから連絡があり、二人はノラの暮らすニューヨークで24年ぶりに再会することになった。

 ニューヨークを案内した後、ノラはヘソンを自宅に連れて行きアーサーと引き合わせた。3人は近くのイタリア料理の店に行って食事を楽しんだが、ヘソンとノラは途中から韓国語で会話を始め、それぞれの思いを相手に伝えた。

 店を出る間際、ヘソンはアーサーにノラと韓国語で会話した非礼を謝罪し、彼女を大切にしてくれていることへの感謝の気持ちを伝えた。

 ヘソンを送って家に戻って来たノラはアーサーとハグを交わし、映画は、ヘソンが一人でタクシーに乗って空港に向かうところで終わる。

 

セリーヌ・ソン監督(Celine Song 1988-)

2023年のアメリカ映画

アカデミー賞の作品賞と脚本賞にノミネート

 

 

<タイトルの意味>

 この映画のタイトル『パスト ライブス』=PAST LIVESは、いろいろな日本語の訳をあてることができますが、映画では「前世」といった意味で使われています。

 さらに、映画ではこれに関連する言葉として「イニョン」という韓国語が出てきます。日本語の「摂理」とか「運命」を意味する言葉だそうで、ノラは「見知らぬもの同士が道ですれ違い 袖が偶然 軽く触れたら 2人の間にはきっと 前世で何かあったから」と説明しています。

 とまぁ、ここまでは分かるのですが、では、ほんの短い時間で結ばれたノラとアーサー。一方、長い時間をかけても結ばれることのなかったノラとヘソンの違いは何だったんだろうという疑問が湧いてきます。ノラはアーサーとの間にもヘソンとの間にもイニョンがあったのですが、アーサーとの間の方がより密度が濃かったってことなんでしょうか? 

 

<自分だったら>

 この映画のハイライトは、ヘソンがノラを訪ねてニューヨークに行き、ノラに案内してもらいながら市内を観光する数日間です。ニューヨークの街並みはあくまでも美しく、過去から現在までの互いへの思いを語る二人の純粋さには確かに心を動かされるものがあります。しかし同時に思ったのは、自分がヘソンだったらニューヨークまで行っただろうかという疑問でした

 66年も生きていれば、私にも人並程度にはいろいろなことがありました。かつて好きだった女性の中には、ノラのように別の男性と結婚して外国、それもニューヨークに住んでいる人もいます。では、そういった女性に会いに行こうとしたことがあったかと言うと、まったくありませんでした。「会いたい」と女性に連絡しても断られるのがおちだと思ったし、もし万が一「会ってもいい」と言われてほいほい行ったら、女性の夫を傷つけてしまうだろうなと思ったからです。

 映画でも、ノラの夫のアーサーは妻が自宅に連れてきたヘソンに会って、表向きはともかく内心、かなり微妙そうでしたし、3人で食事に出かけノラとヘソンが韓国語で話している間、所在なさげでとても不安そうな顔をしていました。

 でもたぶんこの映画って、そんなことを考えながら観てはダメなんでしょうね。相手が結婚していようがニューヨークまで会いに行ってしまうヘソンの一途さや、そうまでしてヘソンが自分に思いを寄せてくれているにもかかわらず、けっしてアーサーを裏切ろうとしないノラの優しさを噛みしめながら、ヘソンやノラになった気分で映画を観なければいけないのでしょうね。

 しかし登場人物への感情移入という意味で言えば、私がもっとも感情移入できたのはアーサーでした。ノラを奪われてしまうのではないかという不安を抱えながらも、ヘソンについて「13時間かけてニューヨークに来たのに会うなとは言えない」と言ったり、韓国語でノラと話したことを詫びるヘソンに対して「久しぶりなんだから仕方がない」と言ったり、どこまでも紳士的にふるまっていました。

 すっかりアーサーに感情移入した私は、ヘソンを見送ったノラが自宅に戻り玄関の前でアーサーとハグするシーンを見て、「よかった、よかった」と自分のことのように喜びました。

 

<魅力的な演技>

 このようにヘソンの行動には私の理解を超えたものがありますが、ノラを演じたグレタ・リーとヘソンを演じたユ・テオの演技は心に沁みるものがありました。このうちグレタ・リーは韓国系移民2世としてアメリカで生まれ、大学卒業後、ニューヨークで役者として活動を始めたということです。これまでにNetflixやApple TV+のドラマシリーズに出演したほか声優としても活躍しています。表情や仕草が魅力的で、ヘソンとアーサーとの間で揺れ動く女心をとても繊細に表現していました。彼女のような顔立ちの女性を韓国美人って言うのかなと思いながら映画を観ていました。

 一方、ヘソンを演じたユ・テオはドイツ生まれで、高校卒業後、ニューヨークやロンドンで演技を学んだということです。

 朴訥な演技に加え、英語までたどたどしく、日ごろ、英語にコンプレックスを持っている私は、「韓国人の英語もたいしたことないな」と内心ほくそ笑んだのですが、後でユ・テオのキャリアを調べたら、明らかにわざとたどたどしくしていていたことがわかり、恥ずかしい思いがしました。

 

 齢とともにピュアな心を失い、どうしても現実的な思考に走りがちな私にはなかなかついていけないところもありましたが、長年にわたって思いを寄せている相手と様々な事情で結ばれなかったような経験をしている人には、グッとくる映画なのかもしれません。

 そういう恋をしてみたかったような気もしますが、きっとせつなさで胸が締めつけられてしまうんでしょうね。なんか、つらそうです(笑)。

 

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。