hiroki、志望大学に無事合格。社会に役立つ人材になるべく?学生最後の扉を開ける鍵を手に入れる事ができました。(´•̥ω•̥`)

お陰様で、ありがとうございます!


ご先祖代々の想いが、私たち孫子の代(潜在意識)に刻まれ、同行二人、共に大師の足跡を歩いて来た長い長い道のり。


今年のお彼岸に、合格祈願に詣らせて頂いた私たちにとって、何も特別なことではなく、生前、叔母が

「お大師さんの前ではお願い事をしても良いからね。」

と言ってくれた通り、そして、

「必ず叶えて下さるからね!」

と笑いながら話してくれた叔母の言葉通りに成りました。



「お大師さんに詣る時は、hirokiくんを連れて来なさいね。」

尾道のホスピス病棟の一室で、微笑みながら叔母と交わした最後の時間・・・その言葉が叔母の最後の言葉となりました。


叔母をお見送りした後、私は大師像の前で決定(けつじょう)し、三信条の、

『自他ともに、人のいのちを生かすべし』

の言葉に誓願をたて、人の命を救うため、整体業に進むと決めたんですよね。


一方で、大師の足跡を追う道(仏道修行)それは、必ずhirokiと共に行じていくと誓いました。


五歳、袴の儀


可愛いかった頃・・・そして、茨の道が始まったのもこの頃。三白眼、福耳を持つ小さな仏僧に、この先待ち受ける試練は計り知れず。


とはいえ、母は人生下り坂に入り、あまり難しく考えるゆとりのないお歳頃となり、

学費を工面するだけで途方に暮れる。( ´△`)アァ-


されど、仏道は、お金を稼ぐことよりも、遥かに厳しく険しいのです。


お大師様、どうぞhirokiをお見守り下さい。どうぞ私に元気で働ける力を下さい。

何卒、宜しくお願いいたします。


お礼参りでは、そう、お願いさせてもらおう。

結局、神頼み、他力本願かーい。



そして、11月23日、お彼岸参りから丁度2ヶ月経った暁に、hirokiと共に、無事御礼参りを果たす事が出来ました。


約5m頭上から見下ろす大師の眼差しは、暖かく、それは偉大で、大学合格できた事などまるで小さな出来事であるかの様に、

そして、厳しい目力は、一瞬で私の脳裏に焼き付きました。


急がば回れ、ゆっくりと、確実に。



そんな、声が聴こえたような。



御堂に入らせて頂き、hirokiが選んだ西条の名酒「賀茂鶴」(寒造り)

を、少しですが、お供えさせて頂きました。



今宵は、お大師様とご先祖様で、どうぞ酒盛りしてください。by. hiroki






















仏教での「布施」とは、お金を施す「財施」、以外にも「和顔施」「愛語施」「身施」「心施」などがあります。

ざっくりと、笑顔で優しい言葉で会話をし、人のお役に立つ行いや心遣いをする修行のことで、

持戒、忍辱、精進、禅定、智慧

を含めて(布施以下省略)、六つの修行をまとめて『菩薩行(六波羅蜜行)』と言います。


そして、これらの行を行う事でもたらされる徳(恩恵)を【陰徳】といいます。


道徳が崩壊しつつある現代社会に於いて、これらの修行はことのほか難しく、多様性を重視する現代では非常に厳しく、身を切る程に辛い修行と言えます。

なんというか、良い行いというものは、今も昔も、変わらないはずなんですけどね。。


相対して、【陽徳】とは、まさに、「お金、家、土地、車、家具や衣類、装飾品、教養、容姿、、」などなど。誰の目にも明確な恩徳の事で【有形財産】とも言いますよね。


現代社会は、「金銭・物質史上主義社会」。

それゆえ、見た目のステータスがその人(人格)を決めますので、一定数の人は一生懸命に勉強したりして、まぁまぁの仕事をしながらそれ相応の還元(お金)を頂き、まぁまぁの、まぁ誰の見た目にも良い暮らしをすること、そういう人生を、それなりに夢見る訳です。


財産【有形財産】は、確かにあるほど良い事ですが、私個人的には、お金は目的をかなえる為のチケット(切符)と、考えるので、必要な分量で良いと考えています。それについて、今日は書きたいかな、と思います。


【共同体感覚】

目的を遂行する結果、相応しい現実(共同体)が与えられ、それにより周りと影響し合い、同じ意識(目的意識)を共有する。それ以外の意識は同じ意識を持つ集団には存在しない。


例えば私は、お金はできるだけお布施をしなければならないと考えています。支払うべき税金はきちんと支払い、それなりの支出は滞りなく、日々の買い物は世の中への奉仕、また身近な人へのささやかなプレゼントなど。神仏へのお賽銭だけがお布施ではないと考えるので、基本的に良き!と思えば後先考えず行動してしまい、それ故に後々苦労を重ねてしまいます。


お金があるともないとも言えない、私の人生半世紀、いぇ、それ以上を否応なく生かされてくるとね、歳相応に厳しい現実が次から次、容赦なく目の前に現れたりするわけで。ですので、それ相応の【陰徳】なしで、人の力量なんてたかが知れていると、心底悟るんです。

何年も何十年も、働けど働けど、世のため人のため身を粉にして尽くせども、世の理不尽は、社会の闇は、情け容赦なく体力を奪い、生気を失わさせる。

もしも、理不尽な底意地の悪い人たちがお金持ちになるのだとしたら、私は私の今世の目的を果たさずしておめおめと死んでいく訳にはいかないのです。


一昔前の物のない時代に、食うや食わずで子孫や財産を遺した先人は、本当に凄い。そう、心から思わざるを得ないのです。


極寒に耐え忍び、咲かせる枝の満開の桜の花は美しく、また儚き哉


朝日が昇り沈むまで我が身をかえりみず働く人々がいて、今夜美味しいご飯に恵まれるように。

その恵みすら当たり前の如く、感謝の言葉もない。


生きる方向性(道のり)、人間のもつ性、すなわち魂のシナリオは、生まれついた徳(先祖代々の陰徳)をベースとして脈々と注がれる。そして、その格差は高い方から低い方へ、無意識下においてエネルギーの法則通り、円滑に流れていくのみ、だとしたら。

「楽して得する人」が賢く、いかにも人生の覇者って思う人がいたりして。

合理化と無駄を省く思想、それこそが現代の美徳、それが今の日本人、と本気で信じてるとしたら、

それこそが真の愚か者。


三界の狂人は狂せることを知らず

四生の盲者は盲なることを識らず


我が家の庭には、少し前に植えた可愛い花達は寒さでほぼ絶えてしまい、その代わりにレモンバームやミントなど地生えのハーブ、ヨモギ、菖蒲の花は自生し、絶えることなく増え続けています。



レモンバーム


『植物は、必要な場所にいき、献身的に尽くす、本当に健気なんですよね、、。』

そう、ハーブの講師さんに聞いたことがありますが、深いですよね。うちの庭先では物言わず、ひっそりと良い香りを漂わせています。華やかさはないけども。


【自己犠牲と陰徳】

雨の日も風の日も猛暑でも、ただ、無償で、ただ、生きて、ただ、枯れゆく。

人も生まれ、いつかは死にゆくと悟る時、今生きている時間、そして命の儚さを知る。

そういう事象を、自らの身を使って知る『地蔵菩薩の行』は、非常に厳しい修行と言えます。


生れ 生れ 生れて

生の始めに暗く

死に 死に 死んで

死の終に冥し                


因島・弘法大師像


托鉢とは、修行僧が首から袋をかけ、ひたすら歩き続ける行、恥を捨て、己を捨て、ただ生きることを続ける仏道修行(菩薩行)です。


鯖大師(弘法大師 空海)は、そのような修行を行い、年月を経て乞食のような姿になっています。

「お大師様、どうぞお水を召し上がってください。」

「今日精一杯のお布施をさせてください。」


財を手放すことで執着(欲)を断ち、喜んで布施(喜捨)をすることを浄財と言います。それは、金銭だけではなく、身を使い掃除をし、お供えをし、線香に火を灯す、そういった行い一つ一つの中にあります。


そのような陰徳(目に見えない貯金)の恩恵は、計り知れない大きな力となり。まさに無形財産とは、目には見えない、形では現せない、偉大な力(命)のことですね。


その力(神通力)は、世間を照らす光となり、慈意の妙大雲となり、甘露の法雨となって地上に降り注ぐ



観音経の一節より、拾わせて頂きました。









 























































2022年新たな年を迎え、心よりお慶び申し上げます。いつもお読み頂き、ありがとうございます。本年もよろしくお願いいたします。


2022年初詣・大宰府天満宮


hirokiは今年ついに受験生。にーちゃん、ねーちゃんの受験時の御礼参りも兼ね、弾丸9時間往復しました。


一滴の雫は、円を描きながら波紋となり、その先は、行き着く所をまったく知らない。(笑)

あれから十数年が経ち、

コロナの時代、hirokiは、行事活動が厳しく制限される中、剣道に勉強に励み。身長も伸びて、今の時代なりに元気に成長してくれました。


これからも、円満でありますように。(^ω^)パンパン、一礼。


今年初めのお御籤は「中吉」。ほどほどに、実り多き一年になる予感。

どうぞ、中庸※に良き年でありますように。

いつも、お見守りいただきありがとうございます。


※中庸

陰陽五行論より

日当たれば影ができる様に、この世は男がいて女がいて、白黒、正邪、善悪、、、が巧妙に混ざり合う

陰極まりて陽となし

陽極まりて陰とす

なにごとも、極まることなく、程々がよい

と言う教え。


太陽が眩ゆければ眩ゆい程に、陰は濃くなりて、

火のある所に煙がたち、暑さ極まり風となりて、雨を降らし、乾いた大地に水を注ぐ、

それは、季節が移り変わる様を現すように。


「不幸の後には必ず幸せが訪れる」

それ必然、この世は皆平等(諸行無常)


2022年、陰の時代

感謝すべきに「ありがとう」、惜しみなく、見返りを求めず、強すぎず、程々に、働くと良いのだそうで、

その方がゆくゆくは幸せなのだそうです。


人は生身、明日会えるかどうかは分からない。


人生は、天に与えられた命(運命)を生きる道、

いつ終わりが来るか、知るよしもなし。


自他ともに、命を生かすべし。


無理をし過ぎるでない

死んではもともこもない

そう、教えてくださってるのかも知れないね。


2022年、新たな出会いと感謝の輪を広げて、

優しい光が降り注ぐ一年でありますように。



思い出フォト📸

 昨年末、受験祈願に尾道千光寺を訪れました。

「驚音楼の鐘」の前で
鐘を撮るフリをしながら激撮。(笑)

「三十三観音」と「石鎚山」


「弁財天」と「不動明王」


身代わり大師(弘法大師)の御守りを買いました。



そして、

昨年一年の最後を締めくくる御礼参り「安芸の宮島」へと繋がり、

やっぱ、冬は宮島でしょ。(牡蠣のシーズン)


紅葉と「五重塔」


桟橋にて

名物「塩レモンサイダー」を片手に


「レモン、丸ごと入っとるやん」


やっぱ、丸ごと食欲に勝るものはなし。(笑)

「しょっぱ!」

辛口の中に、ほんの少しの甘さが絶妙に際立ちますね。


高校生活、がんばれよhiroki!!