今日は3月11日。
1年前、東日本大震災が起こった。
多くの人にとって、特別な日だと思う。
幸いにも自分はもちろん親類も被災することはなかった。
でも、自分の「幸い」の反対側に多く人がいて、今でも戦っている人がいるのを思うとなんて言葉にしていいかわからない・・・
あの日ことは、今でもよく覚えている。
自分は一公務員として、とある学校の体育館で帰宅できなかった人たちの対応をしていた。
備蓄してある水や乾パン出したり、アルファ米を使って食事の炊き出しをしたりしていた。
その光景は、よくテレビの中で出てくる「避難所」だった。
正直、その前まではそういう「避難所」というのはテレビの中だけで都会に住んでいる自分には無縁のものだった。
でも、実際目の前がそういう光景になったとき震災というものを実感した。
結局、自分が家に帰れたのは翌日の夕方。
徹夜だったのにも関わらず、とても気持ちが高ぶり寝付けずお酒の力を借りてようやく寝ることができた。
何日も避難所で生活していた人たちに比べたら、自分はたった1日の「避難所」の体験しかしていないので、「辛さがわかる。」なんて口が裂けても言えない・・・
でも、今までの災害と違って「テレビの中」だけの体験ではなかったと思う。
今日は多くのテレビ番組で1年前の震災に関する放送がある。
自分はこれを「テレビの中」だけでお終いにしてはいけないと思う。
何年たっても、1年前のあの日の体験をしっかりと覚えておきたい。
1年前、東日本大震災が起こった。
多くの人にとって、特別な日だと思う。
幸いにも自分はもちろん親類も被災することはなかった。
でも、自分の「幸い」の反対側に多く人がいて、今でも戦っている人がいるのを思うとなんて言葉にしていいかわからない・・・
あの日ことは、今でもよく覚えている。
自分は一公務員として、とある学校の体育館で帰宅できなかった人たちの対応をしていた。
備蓄してある水や乾パン出したり、アルファ米を使って食事の炊き出しをしたりしていた。
その光景は、よくテレビの中で出てくる「避難所」だった。
正直、その前まではそういう「避難所」というのはテレビの中だけで都会に住んでいる自分には無縁のものだった。
でも、実際目の前がそういう光景になったとき震災というものを実感した。
結局、自分が家に帰れたのは翌日の夕方。
徹夜だったのにも関わらず、とても気持ちが高ぶり寝付けずお酒の力を借りてようやく寝ることができた。
何日も避難所で生活していた人たちに比べたら、自分はたった1日の「避難所」の体験しかしていないので、「辛さがわかる。」なんて口が裂けても言えない・・・
でも、今までの災害と違って「テレビの中」だけの体験ではなかったと思う。
今日は多くのテレビ番組で1年前の震災に関する放送がある。
自分はこれを「テレビの中」だけでお終いにしてはいけないと思う。
何年たっても、1年前のあの日の体験をしっかりと覚えておきたい。