
2018年も残すこと2ヶ月を切った。
我が子の障害が判明して早丸2年。
環境は颯爽と変わった。
私が大黒柱となり
職場も変わり
学校も支援学級へ転校。
そして私の心は幸いにも安定し、
逆にどこか覚めた思いで、将来展望を悟っている。
いつ、どんな暮らしになっても
小さな幸せを実感出来る心でありたい。
闇雲に思う時がある
何を図って幸せって充たされるのか?
昔の私は、
側に居て欲しい!居てくれた!だから幸せ。
あくまでも無二の人に依存し
無二の人の行動に心を任せ
幸せか不幸かを図っていた。
しかし、無二の人から解き放たれてしまった心は
浄化の時を経て、細やかな事にも幸せやぬくもりを感じるようになった。
当たり前だが、記憶の上書きや巻き戻しは出来ない。
ところが、時が記憶や心を浄化してくれた。
この世に誕生してから、様々な記憶や心情を体験したにも関わらず蘇ってもこなくなる心情と記憶。
蘇って来なくなるからこそ
平常心で命を全う出来るのか?
浮世離れした疑問を
闇雲に考えようとする私。
きっと今は、間違っても不幸ではない。

