大人のためのパリ生活日記-フランス・ビジネス戦記 -9ページ目

憤激-最近の読書から

GERARD MORDILLATという作家(映像作家でもあるそうな)の

LES VIVANTS ET LES MORTS(生者と死者)を読む。


かつての仕事仲間のフランス人の知人に、フランス人理解の

ための1冊として紹介を受けたもの。

今の社会、その中のフランス人、の理解の一助、として役立つ、と。


地方の小都市の工場が舞台。

若い工場労働者の夫婦。ささやかな暮らし。小さな幸せ。

それぞれの小さな秘密。彼らを取り巻く家族、同僚、友人、知人の

人間模様。

そこに押し寄せるグローバリゼーションの波、翻弄される個々人、

戦い、それを取り巻くマクロの情勢、そして。。。

激昂、憤激の時が。

人間、正確描写の味と、小さなエピソードを積み重ねてゆく

映像的な展開の巧みさで、一気に読めた。


フランス人理解、というよりももっと深いところで感じるところがあった。


あえて言えば、男女間の緊張感、またそこに同性愛が絡むところ、

激すると暴力がいきなりエスカレートするところが、フランス的と

いえるかもしれない。



漂白された世界

年末のある日、バスに乗っていると

小学生の集団が乗っていて、車中は賑やか。

皆、首から迷子札を下げている。

それによると1年生。


いくつか先のバス停で降りてゆく。

どこかの公園にでも行くミニ遠足といったところか。


ぼんやり眺めていたが、何か違和感がある。

ああ、黒人も、アラブ人も、そしてアジア人もいない。

つまり全員、いわゆる白人ということ。

そして、1年坊主のガキどもが誰も革靴を履いている。

運動靴は一人もいない。


ある宗教色の強い名門の私立の学校の話をしていたときに、

受験の成績が良い、ということもあるけれども、

「フランス人の中には、いまで自分の子供をユダヤ人と

一緒に教育したくない、と思っている人達もいますから

ねー。その手の学校はそういう人たちのため、という側面も

あるのです」

そういう人たちよりも、少し開けた精神の持ち主の

フランス人が言っていたのを思い出した。


この話の中では、アラブ人も黒人も、多分アジア人も

最初から論外、という前提なのだろう。


そういえば、同じアパートで、顔を合わせても挨拶は

おろか、人に視線すら向けないオヤジがいたなー。

要するにこちらの存在を完全に無視する、という姿勢。

そのオヤジと一緒にエレベーターに乗るのは、さすがに

苦痛だった。

しかも何年間もその態度は変わらなかった。


こういう人がいるから、奴隷商人とか、植民地経営が成り立った

のか。


人として、とか、同じ人間として、というベースが成り立たない、

それを認めないことをむき出しにしている人々には、どういうふうに

対処してゆけばよいのだろう。


「バカの壁」よりも乗り越えるのはむずかしそうだ。



路上にころがるビニール袋の群れ

歩道に巨大なビニール袋が、ここにもあそこにも、ああ、ここには

かたまって3個も。

ばらばら殺人事件?大量殺人事件?




実はこれ、お役目を終わったクリスマス・ツリー



これだけに、いかにも用済み、という感じでどっさと捨てる

感覚は、いかにも肉食人種、狩猟民族か、という感想も。

飾納、どんど焼き、なんていうのは、草食人種、農耕民族

の細かい感覚ゆえか。


そこで、草食人種、農耕民族として、打ち捨てられた

クリスマス・ツリー達に駄句を捧げる。


棄てられし聖樹に残る子らの歓声(こえ)