今年は新しい10年に突入の年。。 


今まさに九越えの時期で、
とはいえ、もうあと2ヶ月になっちゃったんだけど

春先あたりから
ちゃんと九越えしなくては…と(汗)

考えて考えては…どんどん鬱になっていき(汗×100)
果てには身体にまで及んでいったので(汗×∞)


おもいきって
考えるのやめてみましたチューリップ
(パッカーン)


行き当たりばったりで
よくもまぁここまで生き延びてきたわけで

それではいけないよと
今ここで考えなくちゃと
ずっと頭を悩ませていたのだが、

考えて心身病むくらいなら
考えずに楽しく生きた方が健康だと思えて
(という都合のよい言い訳)


で、相変わらず

アラフォーですけど不良やってますが
何か。

という事になってます。
(詳しくは今の私、参照のこと。)



今年は年明けから
なかなか会えない人に自ら会ったりしていて

いよいよもって私死ぬんじゃないかと
冗談で言ったりしてたんだけど、

私の妄想死因の第1位であった
肝機能障害の再検査も含め、

今年は九越えの年にふさわしく
病院嫌いの私がなぜかせっせと病院へ行く年になった。


お先考えすぎて止まらなくなった目の痙攣は
病院へ行った直後にピタリと止まったのだが
(ある夜楽しい妄想で眠れなくなったら翌朝止まってた)

小学生の時以来ほとんどご無沙汰だった歯医者へは
今も毎週こまめに通っている。


最近思うのは
私、これ生きるな…とw


これからの事とか全く見えてなくて
そりゃ不安なんだけど

なんか嫌いな病院とか3回も行っちゃってる、
ましてや歯医者には4ヶ月の予定組んで通っちゃってる事が、
ある意味私には希望の光だった。
 

なんだこの前向きさは、と。


よくドラマで、自殺か他殺かわからない事件の時に
「屋上にケーキが残されてました。これから死のうという人間が果たしてケーキを買うでしょうか」みたいな話になるじゃない。


「死のうとしている人間が果たして歯医者に通うでしょうか」(いいえ、通いません)


歯医者へ通う=生きようとしている=希望はある=なんとかなる!(なかば無理やりですが)


そう!
なんにも無いけど!

なんとかなる!(レツゴー♫)





てなわけで、


今日も相変わらず

アラフォーですけど不良やってます。


老化は嫌だが、

心に掛かる悩める事が
翌朝には すかーり忘れてしまっているのならば、

早く歳を取りたいとも思ふ。


無駄に良すぎる記憶力。

無駄に利きすぎる嗅覚。

そして
無駄にいろいろ見えてしまう私の敏感力。



あまり楽しくない飲みの席で
クソつまらない話題しか投入できず

おもしろいほど見事に空振り。

相手はもちろん、そんなつまらない話でもきちんと繋いでくれているのだが(大人だしね)
私は酔って感性がより鋭くなってしまっているようで、

話している私の
「みなさん、これからつまらない話が始まります」という
無言の選手宣誓的な挑みから

それを受けた相手のビミョーな言葉ではない空気感

そしてそれを見て
「やっぱりか、ごめん…」と
三振してバッターボックスを去って行く我が姿を

第三者として天界から眺めていたような
酔っ払いな私。


自分の心にある本当の自分と、相手と、
外からはこう映っているであろう自分とが見えすぎて

あぁそんなこと気付かずにいられたらどんなに楽だろうよと思う。


こんな事を思うと
いつも田口ランディの『コンセント』を思い出す。

感知しすぎては疲れるだけ。
プラグを抜く必要性。


そんな日は決まって悪酔いをする。

楽しくもない酒を飲んで、飲んで、
は、飲んで(三回言った)

酔ってるのに、頭痛いのに、
無駄に良い記憶力が
酔って記憶を無くすという行為を私にさせず、

しっかりした足取りで
私を駅まで歩かせた。


そんな時に限って事故で運休状態。
待てど暮らせど電車は一向に現れず…

自分の不甲斐無さに呆然としていると
絶妙なタイミングで
それを心配する優しい言葉のメールが届くのとか

空振りばかりのこんなトンマな私でも
一筋の涙を流したりする。

酔った人間は泣いてもいいことになっている…
酔っ払ってるからそう許容してやったりして。



鈍感になりたい…

鈍感になりたい…


早く人間になりたい…(間違えた)



鈍感力って
努力して身につけられるものではない気がするけど

そういった意味では
些細なことでは刺されない
ある種の図々しさみいたいなものは
世を生き抜くためには必要なのかもね。


図太く生きよう…図太く…