今回の妊娠でいろんなことがあった。
PMSがひどく、あま音の顎の転移の際に
付き添い入院中…あまりにもしんどくて
地元の婦人科に相談し
初っ端から超低用量じゃなく
低用量ピルからスタート。
おかげで生理痛もかなり軽減され
生理2週間前からやってくるPMSも
だいぶ軽減されてたのですが…
あま音が脊椎転移し、残り少ない時間を
なるべく苦しくなく過ごせるようにと
言われた時に低用量ピルを辞めました。
過去のブログでも書いていましたが
『もう一度あま音を産む』と。
そのくらいの気持ちじゃないと
送り出せなかった…
もちろんそうじゃないことも分かってる
ただ最後だと思いたくなかったので
必死の強がりでした。
両眼性網膜芽細胞腫。
家族歴はないけれど遺伝性と言われ
兄弟児にも2〜3%で遺伝する…
次女を妊娠した時に知ったこと。
もう子どもを授かることが怖いと
思っていました。
あま音の長期フォローを
万全にしようと思っていたし
次女が元気に産まれてきてくれて
家族計画は終了だと思っていたのですが
あま音が亡くなる前にずっと
『またママの子で産まれてきてね〜』と
声をかけていた事が引っかかりました。
あま音は『いいよぉ
』と言ってくれて
ほんまにそうやったらいいなと
思っていた節もありました。
そこで主人とよくよく話し合い
妊活頑張ってみようか!と話し
スタートしたのが6月。
わたし自身30歳…まだまだ!!と
心が折れるまでやってみよう!と
ワクワク半分
またなにか…と不安な気持ち半分でした。
おとちゃんの目がもしかしたら…と
言われた8月後半。
また網膜芽細胞腫なのか…と不安で
寝不足なども続きました。
9月前半には再検査をし、大丈夫だと
分かりホッとしました。が
こんな気持ちで体内環境最悪やし
今回は赤ちゃんできひんやろーな…
と言っていましたが
2021.9.15パパの誕生日。
生理予定日だったのですが
軽い出血でピタッと止まりました。
次女を妊娠した時も同じような事が
あったのでまさかな〜?!と思いつつ
主人に
『素敵な誕生日プレゼントあげよ
』
と冗談交じりで話し、いつかの残っていた
妊娠検査薬を試しにトイレへ

………


!!!
うっすらと陽性反応が!!!!
急いで主人に『ハッピーバースデー
』と
言いながら渡した妊娠検査薬。
主人も『





!』
なんと妊活2回目にしてヒット

しかも超精神的不安定で
次女の疑惑でそんな気になれず
仲良しのタイミング的にも厳しいのに
生理予定日ぴったりなので
2週間以上経ってから初診に行こうと
思っていました。
ですがその1週間後に少量出血。
不安になり病院へ
出血はしてるけど、胎嚢をエコーで確認
まだ初期なのでこれから
どうなるか分からないけれども
ひとまず妊娠は継続できる事が分かり
安心しました。
その安心もつかの間ですぐまた出血。
今度は結構大量に…あぁ…あかん。と
思いつつも病院へ行くと
胎嚢は小さくなっていました。
先生からも『今回はちょっと厳しい…
自然に出てくるの待ちましょうか』
と流産を宣告。
1度も赤ちゃんの姿を見る事がなく
実感も無かったので悲しいけれど
妊娠できる事が分かって良かったよね。
網膜芽細胞腫が出生前に
分かったりするのかな?と妊娠してから
調べたりしてたので今回の妊娠を機に
もう一度ゆっくり調べよう!と主人と
話していました。
ですがだんだんと悪阻が…
あれ?流産なんよな?胎嚢が小さくなるって
流産しかないよな?と不安になるほど
吐き気がすごくて10月から新しい職場に
行くから手術も考えもう一度受診。
やっぱり小さくなっている胎嚢。
『悪阻しんどそうやし手術をなるべく
最短で入れますね!』と言われ
1週間後手術。となった日の
お昼寝で夢を見ました。
直後だったので興奮して書いたツイート。
その後少し冷静になり書いたツイートがこれ。
この時は流産の手術をする予定なので
ありえない臨月の夢。
でも結構前向きにまた妊娠できるよね!
って思ってツイートしました。
そして手術予定当日。
最後の確認のエコー。
先生の手が止まりました。
モニターにピクピク動くものが映ってる…
それは素人のわたしが見ても分かる。
先生が話し出す前に
『え?赤ちゃん?!いますよね?』
と言ってしまう程に
一生懸命動く心拍を見ました。
先生も隣にいた看護師さんも
びっくり![]()
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こんなことあるんですか?!?!
と聞くと
『奇跡です。週数がズレてたのか…
稀にあるのはあるのですがここから
大きく育てず……てことがあるので
手放しに喜べませんが、今回は手術は
辞めましょう!というよりできません!』
と言われ…わたしも『絶対したくないです』
と即答しました。
胎嚢小さくなったのに居てくれたんや…
すごい!ありがとう!奇跡や!
と待合室に戻り、泣きました。笑
次女を産む時にもお世話になった
産婦人科なのですが
『お姉ちゃんは最近どう?』と
あま音のことを心配してくださり
亡くなったことを伝えると
『もし…不安だったら出生前診断とかも
できるから一緒に考えよう』と
網膜芽細胞腫がその診断の中で
分かるのか調べてみてくれたり
不安が少しでもないお産にしたいと
忙しい中動いてくださりました。
わたしと主人も色々と調べ
あま音が治療していた大学病院の
遺伝子外来に問い合わせ。
あま音が大量化学療法の際に採取した
造血幹細胞から何か遺伝子情報が
分かるのか?等を地元の担当の先生に
お願いして大学病院にいる
あまねの担当の先生に連絡を
取ってくれたりして
あま音の先生人脈をフルに使わせて頂き
スムーズに連携が取れました。
本当にいい先生に恵まれて
亡くなってからもこんなに良くして頂き
感謝しかありません。
遺伝子外来で兄弟児の2〜3%遺伝とは
なんの2〜3%なのか…
そもそも出生前診断は必要なのか…
などなど2時間ほどお時間を頂き
素人にも分かりやすく教えて頂きました。
結果的には残った造血幹細胞で
遺伝子検査はできるっちゃできる。
でも調べたところで出生前診断に
『網膜芽細胞腫』は含まれていない。
今は重篤な疾患とみなされておらず
中絶対象にはならない。
結局産んで検査して早期治療しか道はない。
簡単に言えばこんな感じでした。
欲しい!と思っていたくせに
また網膜芽細胞腫だったら…と
不安になっていたわたし。
もう腹をくくれました。(遅い)
そして主人が帰りの車で
『俺らは網膜芽細胞腫の
一番つらい底辺を経験したんや。
これ以上つらいことはないで!
治療もそこらの医療者より
詳しく知ってる事もある!
なんも怖ないやん!!大丈夫や!
ママ!産むしかないで!!』と
言った言葉が胸に刺さりました。
ほんまやな…
網膜芽細胞腫の1番なりたくない結末を
わたしらはあま音を通して体験した。
最初の化学療法もどんなことするか
眼動注もどんなことするか
いっぱいいっぱい知ってる。
もちろんなって欲しくないけど
なったとしたら絶対悔いなく
サポートできる!!って謎の自信。
そもそも2〜3%やぞ!
なってても大丈夫。なってなくても
網膜芽細胞腫以外にもいっぱい病気はあって
それだけにビビるんはちゃうな〜って。
遺伝子外来で話を聞いてきてほんと良かった。
知らずに不安でいるよりも絶対良かった。
本当に先生達みなさんありがとうございます。
出生前診断ももちろんすることなく
通常通りのエコーや妊婦検診。
最初の流産?!疑惑からこちらの心配を
覆してくれるかのように大きく
順調に育ってくれました
あま音のこともあり、
妊婦の精神的には
絶対よろしくないような
精神状態でもここまで大きく
育ってくれて本当にありがとう。
採血してる時に看護師さんに
『この子は絶対産まれたいんよ!
ガッツがあるわ〜!』と言われたり
次女の時にお世話になった看護師さんにも
『奇跡の子やで〜!頑張り屋さんなとこ
あま音ちゃんみたいやな!』と
言ってもらったりして嬉しかった
最初こそ流産疑惑があり大変だったものの
そこからはなんの問題もなく臨月。
そして正産期に入りました。
もういつ産まれてもいいんだよ〜
となるとなかなか産まれてこないのが
おちびくん
笑
あま音がお空に行ってから一年…
一年後に妊娠してることにびっくり!
妊活2回で妊娠するなんて…
そしてあの夢はどういうことなんや…
わたしもうすぐあま音に会えるんか…
産後夢に現れてくれるの?…
どういうことかはまだ分からんけども
正夢になったらいいのにな〜
『もうすぐなのに〜』ってなんなの!あまね!
予知夢?!!妊娠してるよ!って
あま音が教えに来てくれたのかな?
何はともあれ母子どちらも無事に
出産を終えられるように頑張ります。
産まれてから産後1ヶ月で目の検査には
行こうと思っています。
今から(産まれる前やのに)ドキドキ。
でもこればっかりは産んで見てもらわなきゃ
分からないことやし
もしそうやとしてもやるしかないから。
どうか…どうか何事もなく元気で
産まれてきて欲しい。
でももしなにか…あったとしたら
それでもママ全力で一緒に頑張るからな!
頼りないかもしれんけど
あま音、おとちゃん、おちびくん
全員ママが守るでなーーー
気合いだけは十分やで

どーーーんと満を持してうまれておいで

