My life with Asperger's disorder. -2ページ目

My life with Asperger's disorder.

30代半ば(2010年に)で広汎性発達障害アスペルガー障害と診断された、子沢山父さん。30代前半から始めた自身の会社を立て直せるのか。

言い回しが良く無い感じのところもありますが、概ね全容を書きました。最初にアスペルガーを知ったのは、数年前息子がその傾向にあると妻に本を渡された時。妻は自分自身にもその傾向があると私に訴えていたし、渡された本を読むなかで、私にもその傾向がありそうだとも感じていた。うろ覚えながらその時のことを思い返すと、私にもその傾向がありそうだと感じつつも、ほとんどその事に向き合えていない自分がいる。その後妻は悩み、子どもメンタルクリニックの受診を決意し、予約をいれたのが今年の6月。そんなやりとりが続く中、我が家には妻が図書館からかき集めたアスペルガーや発達障害にまつわる資料が溢れ、私も進められたものに少しずつ目を通すと言った感じ。その頃私自身の鬱症状を妻が察知して、近所の医者の受診を進めたのが7月下旬。そのまま紹介状をもらって県立病院の精神科へ。鬱の原因は自身と会社の資金繰りにあり、何とか改善するべく、しかし何も出来ず。(未だに悩んでいる部分です。)その頃何かに責任転嫁する傾向があり(今もか?)、子どもの発達障害やらなんやら家庭が問題だと思い込んでいた節がある。生活保護も視野に入れ、市役所から始まりハローワークを経て、発達障害者支援センターを紹介され相談に行く事に。雲をつかむ様な感覚の中、藁にも縋る思いで、色んなところを相談に渡り歩く日々。発達障害者支援センターで、何度か相談を繰り返す中、私の鬱の改善についても話し合われた。精神科を受診する際に、あらかじめ相談する事を想定し何かに書き留めてから受診するといいという様なアドバイスもいただいた記憶がある。その相談後の精神科受診の際に、できる限りの事を伝えたいと妻にも同行してもらい、先生と話している中で、心理検査の受診が決まった。それが10月半ば。10月11月と数週間おきに3回、心理検査が行われ二回目の冒頭ですでにアスペルガー傾向があるといわれた。残りの検査が終わり、11月30日に心理士から、12月2日に精神科医からアスペルガーであると結果を伝えられる。その後息子が高機能広汎性発達障害であると結果をもらい。妻も受診していたのだけれど、多動気味ではあるものの、発達障害の範疇にはないという結果がでた。ここまでが、アスペルガーにまつわる認識の源です。私の特性などは別稿で。

7月より精神科に通い、鬱傾向があると診断を受け、ドクマチール50mgを処方されていました。

10月になり、いろんな経緯はありつつ(あとで書きます)、アスペルガーの二時障害の可能性があるのではないかと、心理検査を受けていました。

最初の検査からアスペルガー傾向が強いと言われていたものの、心理士より結果を言い渡された11月30日、精神科医からアスペルガーの領域であると言われた12月2日、そしてその後。

ゆっくりですが、今までの事に納得出来たからか、鬱からは開放されてきました。二時障害から鬱になっていた可能性が高いです。

これを機にTwitterとブログを始めてみました。今までのことや今のこと、これからのことも、公開しながらまとめていきます。