七夕の今夜は月が明る過ぎて、
星が霞んでたな。

風が強くて。


会いたい人に
思うように会えないことは
非道く辛い。


むしろ一生会えなければ、
踏ん切りもつくものを。


残酷な悲恋も
端からみたら
ロマンチックなだけなのが
皮肉だ。



今夜、願いが叶うというのなら

祈ることはただひとつ。


何があっても、
互いの存在が
必要であり続けますように。


君のいない人生など、
考えたくもないから。

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花散らしの風雨が去って、
ようやく小春かな一日になりましたな。

家の近所はまだ3、4分咲きくらいですが、
都心は今週末あたりが一番の見頃だとか。

同居人は季節の遷り変わりを
愛でる習慣がないので、
花見に行く機会はありません。

行きてぇなぁー。

誰か付き合ってはくれまいか?


んー…。

しかしだ。

きっと爛漫の桜の下、
「綺麗だねー…。」くらいしか言わないで
無為な時間を過ごして楽しい相手は、


(色恋的意味で)好きな人


ぐらいだよな。

数件前のブログに書いたが、
あたしは基本、短気だし、生き急ぎがち。
故に、

(屋外で)のんびりするのが苦手です。爆

家の中なら
いくらでもゴロゴロしていられるが、
一旦外にでたら、あれもこれもやりたい。

そんな風流を解さない輩に、花見など
春の夜の夢の如きものなのでしょー。

あ、また自己完結してしまったわ……。
別れる時、
多くない思い出の品を山分けした。


今もその品々は、
あたしの日々の支えであり、
日々の癒しであり、
日々の意味でさえある。


それを見るとき、必ず相手を思う。

その意味。


預けた「半分」が恋しいと言ったら、


天秤に均等に錘を載せるようなもんで
あなたの手元の半分と、私の手元の半分で
世界の均衡を保っているのだ

と、解釈してみる



との返事。


それはすなわち、
お互いの関係もイコールだと思うのは、

早とちりか。


色々なことがあった。

色々なことが、
これから先も起こるだろう。

それでも、

「世界の均衡が保たれて」いれば、


どこにでもいける。
なんにでもなれる。


だいすきなひと。
キミがいてくれることが、


あたしの平和です。