これを最終として、自分の世界に入った書き方になるので伝わるかどうかは二の次にして記録として書いて終わらせます。
自己と天と社会の追求は精神的にやられることが多かった。
自己と天だけであれば楽しめるが、
社会とは人間の集合体であり、360度の規律のもと成り立っている。
その集合体は現世に限らず先祖の想いも含まれている。天地の想いも。
社会を追求すると精神的疲労はかなりのものだった。
前に書いた通り、3つを1とするから6ではあるが、自己を追求すると自己で3つ、天を追求すると天で3つ、社会を追求すると社会で3つ、つまり9の枠で物事は考えなければならない。6の為に。
日本を良くしたいと生きてきた限り、社会の追求は必要不可欠な行為であり必然のことだった。
視点が変わったことにより、その追求の純度は高まっていた。精神的疲労と共に、純度が高まると共に、そしてRくんとの言葉の掛け合いにより気付いたことがあった。
俺とゆう純度を追求して社会に表現しようにも、表現の場がどこにもない。
表現をすると俺が壊れるか社会が壊れるかの2択だった。
俺は腹を括って自分を社会に表現しよう、その時は破壊と創造が生まれるがそれは日本にとって吉と出るか凶と出るかはサイコロを振るかのようにどう転ぶかは分からない。
その決断をしてみたが、それは歴史を繰り返す作業の一環だと気付いた。何かの想いを否定することはあってはならない。
どんな価値観だろうが、それは人間の想いが紡いできた歴史なのだから。
人間の社会枠ではもう追求するものが無く新たな人類の境地の開拓の創造が俺にも人類にも必要で、その時を待ってられるほどの時間はもうない。
俺は1度だけ天と繋がり一体化された時に、
アインシュタインが現れた。
そしてRくんからアインシュタイン的だ。
と言われた。
このきっかけを拾い上げ、
特殊相対性理論と相対性理論を調べ直してみた。
そしたらある共通点が見出され、そしてそれは俺が得てきた知識知恵に繋がり、俺の行動の経験値からも裏付けされる共通点であった。
それを自分なりの応用にしてみたら、
新しいイメージが湧き上がった。
ああ、やっと人類史での新しい創造ができた。
今までは個と天の創造止まりだったものが、初めて個と天と社会を混ぜ合わせた創造が生まれた。
時間にしては一瞬だが、
個と天と人類史が繋がり人類史に感謝の気持ちが溢れ出し涙を流した。
総ての人間活動が繋がっているんだ。
やっと、総てを混ぜ合わせた論理が生まれた。
これからこれを理論にすべく行動で確信を作る。
この理論が完成した時に、人類は新たな境地を見出すことができるはずだ。
ただその理論をどう扱うかは俺が決めることじゃない。
その理論はこう扱うんだって言えるほどの人間ではないししたいとも思わない。
この理論が完成した時に、
扱い方を決めるのは人類だ。
1つだけ確信的なことは、
この論理に最も重要なものは愛であること。
愛でなければ、この論理は全く意味のなさない理論に起こされる。
この論理が社会で既にだされた答えであるのかどうかは俺には関係ない。
俺のこの追求で社会が良くなることが俺には最も重要で最も楽しい人生であるから。
完