結び目を解く

不理解を理解へ




真理


《〜究極のTao〜》
これが真実なる道だと言葉で語られるような道は、
決して不変なる絶対真理ではない。
真に不変なるそれは、
そんな言葉の先で理解できるようなものではないのだよ。
だが、そんな真なる道を誰もが垣間見る瞬間がある。
それは頭の先の世界とは正反対に位置する、性の体感だ。
だが、これもまた、真なるタオの雛形にすぎない。
あなた方の知るタオ(性行為とそれに伴うエクスタシー)は、
真なるタオの模倣的表れにすぎないのだよ。
この奥の奥に隠された不変なる宇宙の働き、それが真のタオだ。
それこそがすべてを超えた究極のタオなのだ。

《〜すべての導き手〜》
真に徳ある人といえるのは、道(Tao)にすべてを明け渡したひとのみだ。
彼は、まるで男性にすべてを明け渡した女性のようだ。
女性が恍惚とした快感の中で精子を植え込まれるように、
大いなる至福の中にある人は、
宇宙の本質叡智(精)に揺り動かされ、
その喜びに震撼する。
かすかな精子が、誤ることなく人体を築くがごとく、
見えざる精は、
すべてをあるべきところにあるべきように導く。
この精こそ、すべての現象を抜き超えた永遠不変の本質だ。
私になぜすべての諸法則わかるのかといえば、
それは、
性なる精を超えた、
この聖なる精によってである。


《〜天地合一〜》
につながる境地は、抱かれた女性に限りなく近い。
だから抱かれた女性のように意識を解放するのだ。
そうなれば、すべてを感得する、知識など必要のない次元へと至るのだよ。
そんな性聖へと至った者は、すべてを私心なく育み育てる。
たとえわが子であっても、我が子をも自分のものとは思わない。
(だから、天につながる心の広い子が育つのだ)
どんなにすばらしいことをやっても、
すべては天の働であることを知り、自慢しようとしない。
(だから謙虚に調和し愛されるのだ)
人の上に立つことがあっても、他人を支配しようとなどしない。
(だから、人々に真の幸せを与えるのだ)
私が言う「玄徳」とは、女性が男性に身を委ねるように、
天に総てを委ねた至福の次元なのだ。

《〜形なき性〜》
固く能動的な男性器と、
柔らかく受動的な女性器による性交のように
すべての存在は相対する陰陽の作用で生じる。
この万象の根源なる相対作用(有)を成り立たせるものこそ、
存在を超えた聖性(ちから)だ。
この聖性との合一は、人を根源へと返らせる。
何者とも争うことのない存在を超えた次元へと導くのだ。


《 〜性(エクスタシー)から聖(ユニオン)へ〜 》
性を営む穴を閉じてごらん。
あらゆる欲を求めなくても平気な次元へと至ってごらん。
そこには、いつまでも身を滅ぼすことのない自由な世界があるのだよ。
世の人々は、まるで欲望の奴隷だ。
真の大愛を知らないから、一時しのぎの愛を求めるしかなくなるのだ。
観るがいい、宇宙の背後に働く交合次元を!
帰復するがいい、変化自在なる絶対の次元へ!
この絶対次元からの光は、
何ものからも裏切られることのない真実へと人を導く。
これが私のいう「習常」(永遠不変の世界に入ること)なのだ。

タオ・コードより表裏の意









一滴の雫の子ら









彼方の地へ