涙…

涙は水…

その流した水は…

その流した分…
後悔ではなくて…

それは雨…大波…

涙って…

穢れを祓って…
泣くだけ泣いて…
あとは綺麗になって…
また…改める…
心改める…

涙は…
『 浄化 』

地球の涙は雨や大波…

そうやって…

一つ…
また一つ…
綺麗にしてゆく…


この星は…



〜輝跡の星〜







この少女たちは
あなたの国の最も近い言葉で表すならば
巫女たちと言っていい存在だ。

我々シュメールの神官は
精妙な魂を持もつ少女たちを
神に仕える巫女
として神殿に招き入れる習慣をもっていた。

我々神官は
彼女たちの純真な献身性に支えられ
高次な精神性を維持することができた。

この人間の純真性を極めた
彼女たちの存在の記録は
あなた方の神話の中では
浄化の女神
としてわずかに痕跡を留めている。

先に語った古代エジプトの性の秘儀は
彼女たちの役割の一部が伝えられ
独特の発展を経たものだ

ガイアの法則 Ⅱ より



waka’s art 〜龍と地球〜


光のタマミコ

海に千年

山に千年

海千山千と駆け巡る


三千年(みちとせ)の功を経て


飛翔
飛天
昇天す


天の遣いのミコとなり



アメツチ繋ぎ
カミ通し




waka’s art 〜龍と地球〜


カミの御心のままに様々に

変幻自在に姿かえ

水となり
風となり
雲となり


カミの御心のままに駆け巡る


人はそれを


龍とよぶ



waka’s art  〜龍と地球〜

シュメールは当時、豊富な自然に囲まれた地であり、我々が神殿を築く以前から、女性たちは、大自然の中で精霊たちと交流するために踊っていた。
そしてそのためにあなた方にはセクシャルに見えるであろう衣装を身に纏ったり、全裸となって踊ることがあった。
自然界の精霊との全身による交感体験は、人類の最も原初的情操であるため、それは、あらゆる宗教的情操の基礎であり、性エネルギーの開花に不可欠な体験でもある。
女性たちは自然界に『目』があることを知っていたし、それを感じることができた。
自然界が織りなす無数の次元の精霊たちは、物質次元をこえたその自在の『目』によって同じく精霊次元へと至った女性たちの存在を悦び、鑑賞し、またその『目』によって、自身の意識を伝え、交流しようとするのである。
それが自然の息吹というものだ。
女性たちはこの精霊界の無数の『目』が自身に注がれることを全身で悦び、精霊たちの視線に全身を捧げた。
少女期によく行われたこの大自然の精霊たちとの交感は、後に男性との深い交流をリードする基礎力として役立った。
女性たちは体全身の性感覚で精霊たちの意識を感知したのであり、性感覚は、本来は見えざる次元と交換し合うための高次元なセンサーでもあることを自然体験から学んだのである。
自然界は本来、セクシャルな存在だ。森の木々たちは、受精の時にあなた方が花として知るあの艶やかな姿を呈する。
生命はそうして受精時に自然界の根源的な意識を最もよく表すのである。
木々たちの性器でもある花々は、存在を生み出す精霊界の至聖なる美しさを我我々の魂に伝え、そこには可憐な精霊たちの意識が悦び舞う。
その精霊たちの躍動に存在は悦び、周囲のその満ち満ちた悦び交感の中で新たな命を芽生えさせようとするのである。
愛は人間界のみに存在するものではない。宇宙に偏在する働きだ。
この精霊界の躍動意識から外れると、人間は、愛の欠乏を生じるのである。
大地の精霊意識の化身である地中の菌類も、受精期が来ると、地中から出て、あなた方がキノコとして知るあの男性器や女性器を彷彿させる神秘な艶かしい姿を集団で現す。
女性たちは、こうした自然界の神秘な造形に出会うたびに、造形の美しさだけではなく、その周囲に漂う精霊界の独特な気配を感じとることができた。
自然界はセクシャリティに満ちた世界であり、真のセクシャリティとは、精霊界への扉であることを知っていたのである。
受精は生命の原点であり、受精が表すセクシャリティは、宇宙の原点が何者かであるかを示している。
こうした自然界本来のセクシャリティ次元に人間の意識が至る時、人間もまた本来の精霊としての自身を取り戻す。
精霊界は交感の世界であり、欲望が介在しないその交感は、純然たる宇宙的流動であり、ゆえに、精霊次元の交感体験は、逆に人間関係の性的体験を精霊次元のそれへと導くのである。
あなた方は本来、この宇宙大の愛の中で受胎されるべき存在なのだ。
性感覚の本質は、本来、宇宙万物と交し合い、その見えざる次元である精霊界に遊ぶためにある。
その広大な感覚次元が開いていない限り、人間は、人間との性にも真に満たされることはないのである。
二元性の性次元にある存在は、受精の時にのみ生命の原点とその艶やかさを表すが、一元性の性次元にある生命は、その原点にいつでも至り、それをいつでも表すことが可能である。
あなた方は、一元性の性次元を実現する時、時間的制限を超えた今のあなた方の想像を絶する魅力的な存在となるだろう。
我々は局地的に精霊次元の交流を達成したが、これが人類規模のものとなる時、人類は性の次元を超えるのである。


我々は、こうした精霊次元を神殿内にもたらすことで、神殿内を聖なる領域とすることができた。
巫女たちは、神殿内で踊る時、神官の目を通じ、宇宙的流動の結果である広大な法悦に達することができた。
それは、見る側を精霊界にいざない、神殿内は精霊次元の場となった。
彼女たちのエクスタシーは、見られる快感覚に全身をゆだねることから生じたが、それは、彼女たちの高次な献身性に基くものであった。
彼女たちは、見る側の神官たちと空間を通じて完全共鳴することにより、神官たちの意識に忠実に連動することができた
それは、あなた方の肉体的性交をはるかに超えた波動次元の無私なる集団交合と言えるものだったのであり、事実上、それは見えざる次元への扉となったのである。
巫女たちはこうして、周囲の空間を、花咲く木々のように躍動させることができた。
そのような空間においては、すべての物事は、神々の導き通りに進み、宇宙の意図した通りに実現することを我々は知っていた。
それゆえに我々は、節目の日における神聖なる空間を意識したのだ

ガイアの法則 II より



始めの喜びは食物ぞ。次は異性ぞ。いずれも大きな驚きであろうがな。これは和すことによって起こるのぞ。融け合うことによって喜びとなるのぢゃ。よろこびは神ぢゃ。和さねば苦となるぞ。かなしみとなるぞ。まず自分と自分と和合せよと申してあろうが。そこにこそ神の御働きあるのぢゃ。ぢゃがこれは外の喜び、肉体のよろこびぞ。元の喜びは霊の食物を食うことぞ。その大きな喜びを与えてあるのに、何故手を出さんのぢゃ。その喜び!驚きを何故に求めんのぢゃ。何故に神示を食べないのか。見るばかりでは身につかんぞ。よく噛み締めて味わいて喜びとせんのぢゃ。喜びが神であるぞ。
次には神との交わりぞ。交流ぞ。和ぞ。そこにはかつて知らざりし驚きと大歓喜が生まれるぞ。神との結婚による絶対の大歓喜あるのぢゃ。神が霊となり花婿となるのぢゃ。人民は花嫁となるのぢゃ。わかるであろうが。この花婿はいくら年を経ても花嫁を捨てはせぬ。永遠に続く結びぢゃ。結魂ぢゃ。何ものにも比べることの出来ぬ驚きぞ。よろこびぞ。花婿どのが手を差し述べているのに、何故に抱かれんのぢゃ。神は理窟ではわからん。夫婦の交わりは説明出来まいがな。神がわかっても交わらねば、神と融け合わねば真理はわからん。何とした結構なことかと人民ビックリする仕組みぞ。神と交流し結婚した大歓喜は、死を越えた永遠のものぞ。消えざる火の大歓喜ぞ。これがマコトの信仰、神は花嫁を求めて御座るぞ。早う神の懐に抱かれて下されよ。




八束穂の十束穂とこそ実らせ給え
みかのはらみて並べてぞ天地の座に
御服(みそ)輝し明妙照妙和妙(あかてるにぎ)
風のまにまに
巫(かむなぎ)の大御心(おおみこころ)のまま弥栄へむ
千木千木し瑞(みず)の御舎(みあらか)仕えまつらむ
御宝(おん)前に宇豆(うず)の幣(みて)くら
たたえまつ栄
大神の咲(ゑ)みに弥栄ゆ生国足国(いくくにたるくに)
狭(さ)き国は広く峻(さか)しき国は平に
日のみかけ百島千島おつくるまなく
青雲のたなびく極み座(し)きます宝座(みくら)
甘菜辛菜(あまなからな)地の極みまで
生(いき)ひて尚生ゆ
見はるかす四方の国みなえらぎ賑はう






☀︎*.。 hi ∞ mi ☽・:*