「袖振り合うも多生の縁」
そんな言葉があるように、
ご縁にはいろんな距離感がある。
たまたま信号待ちで隣に立つだけの人。
一言も交わさず、ただすれ違う人。
そして、
人生や魂の学びを共にする伴侶。
ただの通行人同士だったとしても、
その人が持っていた
パン屋さんの紙袋がふと目に入って、
ちょうど小腹が空いていたから
そのパン屋さんに立ち寄ったら、
中学の頃、両片想いだった人とばったり再会して、
連絡先を交換して、
気づけば交際、そして結婚へ——
そんなことだって、
起こらないとは言い切れない。
雷に打たれるくらいの確率かもしれないけど。
だからきっと、
出会いに「無意味」なものはない。
そして重要なのは、
それが自分にとって
ネガティブに感じる存在だったとしても
同じくらい大切だと言えるかどうか。
鬼上司がいたおかげで、
仕事をテキパキこなしながら、
自分で自分のご機嫌を取れるようになった。
モラハラなパートナーがいてくれたおかげで、
経済的な独り立ちを目指し、
本当にやりたいことをやって
お金を稼ぐ力が身についた。
一見すると、
最低な人。
非常識な人。
人間として終わってる、と思えるような人。
そんな存在が目の前に現れたとき、
それはもしかすると、
自分が本当に幸せな方向へ進むための
きっかけをくれる
悪魔の顔をした天使なのかもしれない。
優しさは、依存を生むことがある。
厳しさは、人を自立させてくれることがある。
だから、
自分にとって都合のいい人を
無理に繋ぎ止めようとしなくていい。
嫌いな人を、
無理に排除しようとしなくていい。
ただ、
その出会いが自分に何を教えてくれたのかを
静かに受け取れたら——
すべてのご縁は、
ちゃんと意味を持って、
ここに現れている。
答えは、
いつだって
目の前だ。