俳句に関する本を読む日々。
先日は図書館からこんな本を。
漫画で句を磨き上げていく方法を知り
俳人森澄雄氏と角川春樹氏の対談から
創作における“虚と実”について考えています。
祖母が和歌を詠み、母も俳句をたしなんで
いたのですが私は、天邪鬼のへそ曲がり
だもんで、60過ぎて俳句ねぇ....と思っていました。
が、占星学のサークル、サビアン研究会に
入ったらSUGAR先生がサビアンシンボルの
読み解きにしばしば季語や俳句を引用されて.....。
そりゃそうですよね、日本の伝統的な感性から
西洋発祥のサビアンシンボルを読み解く
アプローチなのですから。
で、詠まずとも俳句を知らなければならない
と季語からはじまり24節季72候の本を、時々
ぱらぱらと読んでおります。
先日、紫陽花を詠んだ句のうち好きな句や
気になる句を挙げてみようと思い
た~くさんの秀句から拾ってみました。
で、心底驚いたですよ。
というのは、同じ紫陽花でも俳人によって
感じ方やシーンの切り取り方が、まったく違う。
当たり前かもしれないけれど。
心に響いたのは
時計どれも狂ふ紫陽花氾濫して 横山房子
あぢさゐに伊豆の廃家の大月夜 大峰あきら
木の葉坂あぢさゐ枯れて姿あり 松村蒼白
けっこう怖い句が好きです(笑)

