「カンヌの街はパリにいるかのようなにぎわいだ。店には天文学的な数字の価格の商品が並び、カジノはジャーナリストでいっぱい。彼らはここでスターや関係者に会って取材をし、なんとかスクープをものにしようとする。クロワゼット通りにはクルマの流れが絶えない。ここはスターに有名人、完璧に日焼けしたセミヌードの人々が集う独特の世界だ」

これはあるフランス人記者がカンヌ映画祭ならではの高揚感、独特の魅力、そして喧騒を伝えようとしたものだ。実はこの文章、書かれたのは今をさかのぼること半世紀以上も前で、映画祭が本格的にスタートした1946年だ。しかし、描写された内容は、2006年の現在でも十分に通用する。美化されたイメージや大混雑という点では、カンヌ映画祭は過去60年間、ほとんど変わっていない。

普段のカンヌは、南仏リヴィエラにあるのどかな村にすぎない。住民の平均年齢は64歳だ。それが5月の約2週間だけ映画産業の一大中心地へと化し、各国からスターや宣伝担当者、パパラッチが怒とうのように押し寄せる。
面積は海岸沿いのわずか10ブロックにすぎないのに、その期間だけは世界最大の映画祭と映画の取り引きの場所に変貌するのだ。あまりにも常軌を逸した雰囲気なので、滞在中に精神が不安定にならないためのアドバイスを記した本やウェブサイトまであるほどだ。

その一方で、このハイテンションを楽しむ者もいる。ある元配給業者は作家のカーリ・ボーシャンに、こう語っている。「ラスベガスで大勝ちしたことがある。すごいドラッグも経験した。だが、どちらもカンヌの興奮に比べればたいしたことはなかった」

カンヌがらみの驚くような数字を見ただけで、感覚がマヒしそうになる。映画祭のスタッフは850人以上、予算は2500万ドルを超える。12日間で上映されるのは、90カ国以上から持ち込まれた1500本近くの作品だ。朝8時半から深夜まで、1日で最大15本もが上映される。

それと平行して映画会社や配給会社、映画祭の主催者が競って華やかなパーティーを開催する。カジノや高級ショップやレストランも客寄せに必死だ。70カ国以上からやってくる記者やカメラマン、批評家の数は4000人にも膨れ上がる。全員がなんとかして入場パスを手に入れようとし、上映の合間の貴重な20分間を利用して「核心に迫るコメント」をスターたちから引き出そうとする。

第59回を迎えた今年はハリウッドの超大作「ダ・ヴィンチ・コード」や「X-Men: ファイナル ディシジョン」が世界初上映され、ソフィア・コッポラ、リチャード・ケリーなどの若手監督をはじめ、ペドロ・アルモドバル、アキ・カウリスマキ、ケン・ローチ、ナンニ・モレッティなどのベテラン監督の新作が並ぶ。さらにはトム・ハンクス、オドレイ・トトゥ、ペネロペ・クルス、キリアン・マーフィ、キルステン・ダンスト、ケイト・ブランシェット、ガエル・ガルシア・ベルナル、イーサン・ホーク、ザ・ロック、ショーン・ウィリアム・スコット、サラ・ミシェル・ゲラー、ブルース・ウィリス、ニック・ノルティ、マギー・ギレンホール、ヒュー・ジャックマン、ハル・ベリー、イアン・マッケラン、ティム・ロス、サミュエル・L・ジャクソン、ヘレナ・ボナム・カーター、チャン・ツィイーなどスターが大挙してやってくる。今年も人口過密な映画祭になるのは間違いない。