今月末に唄のおさらい会があるのでそこでソロで歌う曲の練習や、太鼓を叩く曲、お囃子をする曲の練習をしました(●´ω`●)
〈唄〉→タント節
歌詞の「津軽の歌」の「うた」のうのところをしっかりふってカッコつける
〈太鼓〉→
①宮津節
多分オッケイヽ(=´▽`=)ノ
②丹波国の祝唄
祝い酒の「け」からとーんとーんととんととんとん入れる!
〈お囃子〉→津軽甚句
ほーいほい(●´ω`●)(自信気)
うん。がんばる!
↓こっから三味線関係で36がちょっとジメッとしてます…↓
そして昨日はじめて師匠から営業(てかボランティア?)についてくる?とお誘いを受けました。
津軽三味線をはじめて3年間ずっとずっと欲しかった言葉をいただけてその時は「わーい行きますー」くらいの軽い反応でしたが帰りの電車で一人ぽろぽろと嬉し泣きしてしまいました。
朝、目が覚めてからももっかい思い出して布団の中で嬉しさ噛み締めて静かに泣きながら起床。
これまでコロナで師匠自身演奏のお話がないからとかいろいろ自分を宥めすかしながらそれでも私より半年早く習い始めただけの姉弟子は私が知ってるだけでこの2年で3回は呼んでもらってるよなぁとか、
コロナの中でも何回かあったよなとか考えるとすごくもやもやしたし
どんどん営業に出してもらってる従姉弟子達に「36と習い始めた時期あんま変わらんで(1年くらいしかかわらんで)」といわれてどうしようもないくらい悔しかったです。
大会も師匠から出るか?と声をかけられたわけではなく出たいと言い続けてやっと合奏に潜り込ませていただいただけで、
営業やボランティアの演奏も「その日空いてます!」とか「その曲弾けます!」とか自分でアピールしまくった上で師匠にはスルーされてきたので何があかんくて出してもらえないのかわからんくて悔し泣きした数もわからないくらい…
自分が下手やから呼んでもらわれへんのか、着物着られへんからあかんのかとか、みんなみたいに失敗をうまく隠されへんから?そもそも我が強すぎて来てもらいたくない?
と自問自答したりして
ずっとみんなが他所で弾いてきた時の話を聞くたびに悔しくて不貞腐れてしまうの自分のカッコ悪さがまた辛かったです。
ほんとはちゃんと理由があって師匠なりの優しさで声をかけてもらえないんだろうなとわかってても上記のような考えになってしまう自分が情けなかったです。
だからたった一言師匠からお誘いの言葉がいただけただけですごく救われました。
…まだ先だし、その日のスケジュールをちゃんと確認しないとほんまに出れるかわかんないんですけどね。
師匠にお声がけいただき弾かせてもらうってことのうれしさとありがたさを忘れないためにジメッとした内容ですが書かせてもらいました。
(お目汚し失礼しました)