■過失は言うまでもなく老人にある
福島で起きた97歳の老人が運転する軽自動車が暴走し、42歳の方が亡くなった痛ましい事故ですが、いまさらいうまでもなく過失は暴走し事故を起こした老人にあります。
この事故により亡くなった方を始め、被害にあわれた方々にはお気の毒としか言いようがありません。
ですが、それでおしまいにしていいのでしょうか?
■97歳が運転せざるを得ない社会
一部のメディアでは顔写真まで出して加害者の老人を責める報道がなされていますが、本質はそこじゃないでしょう。
むしろ加害者を責めることで、本質から目をそらしたがっているような気がします。
だって普通の交通事故で加害者が顔写真まで出されます??
おひとりなくなっている痛ましい事故だということは重々承知です。
でも他の交通事故じゃ写真出ないでしょう。
再発抑止のための制裁だということかもしれませんが、まあ抑止にはならないでしょう。
だって、そうしないと(歳をとっても運転しないと)生きていけない場所が日本にはいっぱいあるからです。
加害者の老人もある意味そういった社会全体の被害者と言えるのではないでしょうか?
■超高齢化社会に向け、本質的な議論を
日本はすでに高齢化社会ですが、今後ますます高齢化が進みます。
今のままでは、同じような痛ましい事故はこれからも繰り返されるでしょう。
そうさせないためにどうすべきかの議論と実行をマスコミは促すべきであり、行政は行うべきです。
免許返上を促すだけじゃだめですよ。
代替手段を提案しなきゃ、生活できないんだから。
■年寄りは年寄りで死に方の戦略を考えるべき
社会の変革には時間がかかります。
費用も掛かります。人口減少社会で地方自治体では対応困難なところも多くなると思われます。
加えて社会的なコストは年寄りのために使うのではなく、次世代の子供たちにこそ使われるべきと思います。
なので、年寄りは行政にすべてを当てにするのではなく、やれることは自分でやるべきです。
というか、なんでやらないんでしょう??
なんで考えないんでしょう?
ジジイの周りの同年代も死に方考えていません。
「なんとかなるだろう」って・・・
ジジイにはどうしてそこまで能天気になれるのか謎です。
ジジイは、アメリカから帰国後終活を始めました。
自分は大丈夫って思ってる人が一番危ない。