Hello♪にっこり


昨日ブログを書きかけで


途中で

ホットワインが飲みたくなって

つくって飲んだら…


眠くなりまして

ブログ書くのを中断し、眠ったら朝でした富士山





わたしは、9月末に沖縄移住から

故郷、佐渡島へUターンしました。



現在、9LDK 畑つき家屋で

氣ままに生活をしておりますが



まさか、この展開になるなんて…でした凝視



今日はその経緯をざっくりですがキロクします。



このお宅は

わたしの祖母の姉、大伯母の家になります。



わたしが実家暮らししてる間は

年に一度、

お正月に家族で挨拶に来るのが恒例でした。




大伯母夫婦、曾祖父母の大人4人が暮らしており

子どもはおらず


うす暗くて寒々しく

清潔さも感じられなくて…魂


数時間の滞在もとても退屈で

新年の挨拶まわりは苦痛でしたガーン




わたしが小学校低学年くらいのとき

恒例の挨拶に

両親、わたし、弟で訪れたときでした



90度に腰が曲がった曾祖母が

ヨタヨタとわたしに向かってきたかと思ったら

突然、

『としえちゃん、この家の子にらなってくれんかー?』と。



どうして、こういう話になるのか…

なぜワタシなのか…


イミがわからなすぎ真顔



よその家の子になるかもしれないのか?…と思うと

もの凄く恐ろしさを感じた爆笑爆笑


そのとき、大人たちがどんな会話したとか

あとの記憶はわたしになく

ただただ、恐怖という感覚がインプット注意




それ以来、

ますます、ますます

このお家がイヤだったもやもや




時は流れ

大伯母が90歳を越えひとり暮らしをしている5年前


この家に関わる展開になってしまった無気力

時が流れても

わたしの内側はなるべく関わりたくなくて

渋々と…事を終えたのでした。



そのあと大伯母が施設へ入れることになり

この家屋は空き家になった。



空き家になってから3年弱

わたしの両親が家屋周りや地域のことなどの管理はしていたものの


じぶんの自宅ともう一軒となると

要する時間と体力に負担を感じていたときでした




多くない身内の人たちを辿っても

持ち家をなく生きているのわたしだけ


家屋管理の話が

ダントツ優位に巡りめぐってきたのでした笑ううさぎ




そのころ

わたし自身も沖縄から新潟に帰ろうと決めていたタイミングでした‼︎


いろいろやりたいことやってきたし

自分にできることで役に立つなら…と思って



この家屋に住まわせてもらうことに決めたのでした日本国旗





決めてからどうなったか、

次回につづきますゆめみる宝石



ではまた星

いつもお読みくださり、ありがとーねーニコニコ