美容師ってさ、
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共同経営って最悪!

3カ月も放置してしまいましたね、すいませんでした。
さて前回は、「渋谷で店を始める事になった」迄でしたね。
まずは友達と店を始める事となった経緯ですが、そいつ(これからAとします)とは美容学校の同期生で、学生時代は決して仲が良かったわけでは無くて、俺が大手美容室勤務5年目で、そろそろ美容師を辞めようと考えはじめた頃、Aが誰から聞いたか判らないけど俺が渋谷の大手美容室を辞めたがってる事を知って、A自身が勤めてる美容室が店舗展開して行く為に、店長クラスの人材が必要だという事で俺を引抜きたいと言ってきた訳です。条件的には悪い話でも無かったので、取敢えず勤めてみる事にして、Aが店長をしている店に入りました。その店ではオーナーが結構顔が広く、今でもとても有名ヘアメイクBさんと交流がある人で、Bさんが店のスタッフに直々にメイクの指導をして下さったたりして、Bさんのおかげで俺もヘアメイクの仕事が出来る様になりました。しかしAはといえば、俺が入店してから1年位で大病を患い、緊急入院し大手術の末半年後に復帰したが、体力的に無理があったようで復帰3カ月で店を辞めて、その頃俺はオーナーが4店舗に展開していた総店長になっていました。

波瀾万丈の人生

今思えばバブルの頃の俺は、一言で言えばただのバカヤロウだったね!毎日の様に渋谷・六本木に女の子達と飲み歩いて、彼女(本命)が居るのにも関わらず、遊ぶだけの彼女とか言って5人以上の女の子と付き合ってたんだからね、バカ丸出しでした。
ただその頃の俺の仕事も絶好調で、美容師としての腕は自分で言うのもなんですが、かなり上手い方で、一般のお客さんはもちろん、当時の有名女優や歌手、ファッションモデル等数名担当してましたよ。
で、25・6才で美容師として成功した感があって天狗になってたんでしょうね、他の有名美容室から引き抜きの話が数店からきたのに、何故か全て断り、美容学校時代の同期の奴に「一緒に店を出さないか」 と誘われて、渋谷に店を出すことになったんです。

しかし、この同期の男が、俺の人生を大きく狂わせる元凶になるとは、その時の俺は夢にも思っていなかったのです…

バブル時代

上京して最初に住み着いたのは池袋でした。バブルが始まった頃で、池袋の東武側はまだまだ東口駅前だけが整備されてて、道1本北池袋側に入るとそこは歓楽街で、ソープやのぞき部屋等々いかがわしい店が軒を連ね、そこを抜けると木造モルタル造りの古い住宅が所狭しと建ち並ぶ昭和40年代の下町が広がっていました。
俺は昭和57年の1年間だけ池袋に住んだんだけど、6年後の平成になってから自分が住んでたアパートを見に行ったら、住んでたアパートも周りの住宅も全てなくなり10階建てのマンション棟が幾つも建ち並んでて、バブル絶頂期を感じだものでした。
そして、その頃の俺自身も美容学校卒業し、大手美容室に入り美容師免許を取得し、一人前の美容師として仕事も遊びも、バブルと共に青春を謳歌してました!