まずは、この動画から…



これ、ひこにゃん的には好きなコントです。

ひこにゃん世代が子供の頃には、65才前後=お年寄りというのが一般的なイメージでした。

それが今現在では…。
これをリアル実年齢のかたで、「人生が二度あれば」のPVを造るとしましょう…。
すると、父=つのだ☆ひろ、母=ジュディ・オング…。

もう、陽水さんも\(◎o◎)/!
曲のイメージぶち壊しまくってます(*ノェノ)キャー。

「四十・五十は、はなたれ小僧」ということわざが、現実に追いついてしまったんですね。

あと、「おまえ百までわしゃ九十九まで、共に白髪の生えるまで」って、齢五十にして白髪が気になり始め、メンズビゲンのナチュラル染めでもしようかと思ってるひこにゃんにとっては、羨ましい話ですm(_ _)m
「旅の夜風」(たびのよかぜ)は、1938年(昭和13年)9月10日に、「悲しき子守唄」とのカップリングでコロムビアレコードから発売された日本の歌謡曲松竹映画「愛染かつら」の主題歌でもあり、当時としては80万枚を超す驚異的なヒットを飛ばした歌であった


ミス・コロムビア(初代)とは
1911年(明治44年)3月28日、北海道小樽区(現・小樽市)生まれ青山学院高等女学部(現:青山学院女子短期大学)東京音楽学校(現:東京芸術大学)卒業後、1933年(昭和8年)、コロムビアのテストに合格。当時、ビクターの小林千代子がデビュー当時に「金色仮面」として売り出したところ話題を呼び、後にヒット歌手となったことから、コロムビアも松原操を売り出すために「ミス・コロムビア」という覆面歌手として、宣伝の写真にも目隠しをして『浮草の唄』で彼女をデビューさせた。

1938年(昭和13年)、デビュー間もない霧島昇と歌った松竹映画『愛染かつら』の主題歌『旅の夜風』と『悲しき子守唄』がミス・コロムビアとしての最大のヒット曲となる。


歌詞
 (一)
  花も嵐も 踏み越えて
  行くが男の 生きる道
  泣いてくれるな
  ほろほろ鳥よ
  月の比叡を 独り行く

 (二)
  優しかの君 ただ独り
  発たせまつりし 旅の空
  可愛い子供は 女のいのち
  何故に寂しい 子守歌

 (三)
  加茂の河原に 秋長(た)けて
  肌に夜風が 沁みわたる
  男柳が なに泣くものか
  風に揺れるは 影ばかり

 (四)
  愛の山河 雲幾重
  心ごころを 隔てても
  待てば来る来る 愛染かつら
  やがて芽をふく 春が来る

カラオケ



今のひこにゃんの年齢になると、いい歌だなぁ~、ヒシヒシ感じます。

以上、小保方方式で、失礼しましたm(_ _)m

音楽事情

今 スマホでゲスの極み乙女とか聞く

昭和 ウォークマンで大滝詠一とかを聞く

戦後の創世記 背中にしょった蓄音機から銀座カンカン娘が流れだす

修学旅行時の留意点

今 緊急時に備えて必ずグループの誰かと先生とスマホが連絡取れるように

昭和 他校の生徒とむやみに喧嘩をしないように

戦後の創世記 水洗トイレは自動的に止まるので慌てないように

ダンス事情

今 立ちねぶたの練習に疲れ果て、クラブなんかには行く気にならない

昭和 「踊るデスコ」に出入りしてはいけない!生徒指導室の指導のもと、踊らないDISCOを探すも見つからず、諦めて自宅でドナ・サマーとか聴く=踊らないDISCO状態。

戦後の創世記 体育の時間のフォークダンスの猛特訓のため、筋肉痛になり、盆踊りで五所川原甚句が踊れない。

女子の天パー問題

今 縮毛矯正する

昭和 生徒指導室に天然パーマ証明書を発行してもらう

戦後の創世記 三つ編みにするので気がつかない

校舎の安全性

今 県の指導のもと、耐震補強工事をすすめる

昭和 新築早々の校舎で、天井ブロックが落下したが、たまたまそのクラスは体育の時間だったので 危うく難を逃れた生徒がいる

戦後の創世記  大火のあと、姉「良かったね、学校が燃えなくて」妹「でも登校時間0分の青空教室って貴重な経験と解釈しませうね」

文化祭メインステージ

今 セーラ服を脱がさないで「AKB48

昭和 セーラ服を脱がさないで「おニャン子クラブ」

戦後の創世記 国民服を脱がさないで「宝塚歌劇団花組」(先生の指導により非公開)

ご静聴ありがとうございましたm(_ _)m