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《小林優美さん・・・・彼女を彷彿とさせる真珠の髪飾り・・髪飾りの好きな女性です。?》
小林優美 さんのブログ には彼女の家庭的で優しい様子が書かれています。
気分転換に真珠のような可憐な女性を・・・・・。
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小さな林の可憐なひなげし
優美な立ち振る舞いは今めく虞美人
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先頭の漢字を2文字ずつ並べると小林優美
正に彼女を言い表すに相応しい2行。
現代の虞美人・・・小林優美さん
小林優美・・・若手女優の登竜門2009年度アサヒビ-ルのイメ-ジガ-ル。
何度か"神コレ
"にて決勝まで残った実績あるファッションモデルです。
今年の活躍に期待が持てるタレント。
注目の21歳です。
一番綺麗で可愛い、そして子供と大人の混在する魅力的な年代ですね。
何人をも魅了させる女性。
彼女の写真を見ると中国4代美女の一人に数えられている虞美人を想像します。
↑クリック Music Start ZARD 彼女のイメ-ジ
他が全て傾国の美女(悪女)であるのに対し、この人は貞操の美女です。
そういえば、歴史に登場する美女には思議に悪女として描かれている女性が多い。
クレオパトラしかり、楊貴妃しかり。
また、他の女性が美女と呼ばれるのに対し、この人はあくまで美人なのです。
美人と美女とどちらが良いか・・・単純に女と人の違いでしょう。
2200年前の虞美人の私は美しい女(美女)より美しい人(美人)が好きです。
美女とは女性としての美しさ、言い換える容姿に力点が置かれているように感じます。
美しい人(美女)は女性としての美しさと人としての美しさを華ね備えているからです。
虞美人は美女達に比べ人なのです。
心根の優しい伴侶に尽くすタイプ。
主人である項羽の窮地、この愛する人に最後まで付き添い、愛し助け続けた理想の女性、貞操の女性で後世に多いなる影響を与えました。
現代では忘れられたかのような女性の中の鏡のような女性です。
中国 秦朝末期
楚越戦争での最後の戦い垓下の戦いで自ら命を絶ったとも、或いは主人の項羽により「敵の手に渡るより・・・」との情けにより殺されたとされる貞操の美女、主人の運命に従い命を絶った女性です。
「力は山を抜き、気は世を覆う。時利あらずして騅逝かず。騅逝かざるを如何せん。虞や虞や汝を如何せん。」
最後の時、英傑項羽が涙ながらに詠んだ歌とされている有名な歌。
項羽も自分の事以上に虞美人を心配した様子が伺える歌です。
虞美人とは・・・姓が虞、美人とは宮廷の官位とされている。
虞姫の名で呼ばれる事もある。
その亡き骸に咲き始めたのが虞美人草、ひなげしの花と言い伝えられている。
死んで可憐な花になった女性です。
何とも愛くるしいですね。
それまで美女と呼ばれていた美しい人を美人と呼ぶようになったのはこの人以降とも言われています。
美人の謂れとなった素晴らしい女性。

美女短命ではなく長寿の時代です。
小林優美さんは成したい事を成し、成功して幸せに長寿を真っ当して頂きたいですね。
ひなげしのような可憐さと、薔薇のようなゴ-ジャスの両面を兼ね備えた女性。
初冬の微睡、泡沫の夢の中に、時空の異なる2人の女性の重複を見た。
この続き
もあります。
是非読んで下さいね。![]()
《クリスタルガラスの動物達 》
連載ものです。
過去の記事のリスト
我侭日記(1)-英傑-
http://ameblo.jp/3480853/entry-10407062990.html
我侭日記(2) ~大法螺吹き~
http://ameblo.jp/3480853/entry-10407582405.html
本ブログは最初の「我侭日記」から一読願いたい。
それと、このような書き方をすると著者が男性と思われるかも知れないが、「我侭日記」は男臭い、いや本当に臭い老人について書いたもの、どうしてもこのような書き方になってしまう。
私の正体が不明な方が面白いはずである。
組織の癌・・・居ると酷い害を及ぼし、そのままにして置くと組織がなり成り立たなくなる人たちのことである。
どこの会社でも沢山いる。
癌の中の癌・・・上記が特に激しい人達の事。
組織を末期癌にする人達の事である。
真の”癌の中の癌”から”癌の中の癌”と言われていていた人がいる。
あの我侭で大法螺吹きの稚気愛すべき人物である。
”癌の中の癌”に対する”癌の中の癌”とは病気の癌に例えると、癌細胞を蝕む癌である。
誉め言葉なのである。
組織を蝕む人達を蝕む人
・・・・・ウィルスとマクロファ-ジの戦い : 凡人には想像すら付かない複雑怪奇な戦い。
勝利は見えている。
”癌の中の癌”から{癌の中の癌”と忌み嫌われる}の方が強いのである。
我侭と大法螺で”癌の中の癌”を退治する素晴らしい人物だ。
超カッコ悪いが、ス-パ-マンの昔があった法螺吹きじいちゃん。
実績で示される結果により勝利の美酒を飲む翁。
マクロファ-ジ翁に乾杯。
《似ています。共食いしていました。》
Coffee Break ZARD Music
《悪戯》
嫌悪をこめて、厄払いのおまじないです。
これで、邪気払いができるでしょう。
"我侭日記
""我侭翁
""我侭日記
""我侭翁
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連載ものです。
我侭日記(1)-英傑-
http://ameblo.jp/3480853/entry-10407062990.html
前回、我侭の重要性を説いた大先輩の事を書いた。
この方非常に個性的で他に類を見ない大法螺吹きでもある。
そして、中途半端ではなく非常識に近いものなのである。
強調したいのは“法螺”であり”嘘”ではない事、日本語の難しさだ。
“法螺を吹く”とは広辞苑で調べると「大言を吐く、でたらめを言う」の意味である。
ここであえて法螺を強調するにはもう一つの理由がある。
山伏修行を行っている人なのである。
本人曰く、悪行の懺悔のための免罪符としての修行と言っている。
当然の事ながら、法螺貝を持ちそれを吹き鳴らすのである。
駄洒落も含め法螺吹きなのである。
そして、公序良俗に反せず親しい知人に迷惑をかけ何とも思わない罪は日常茶飯事の大悪人。
懺悔は当然である。
大言の言葉通りかなりの大げさと、特に数値面ではとんでもないことを言い上司から「また○○が法螺を吹いて」とよく言われていたものである。
しかし、これが法螺ではなく現実の数値として成り立つようにしたので偉いのである。
物理法則に反せず、発明・発見の類での課題解決での実現。
ここが重要、数値として具現化せねば「嘘つき」なのである。
結果が「法螺」と「嘘」は分けるのか・・・初めて知った若き日の驚き。
この方の場合、信念というかもっとドロドロした情念か不具からの怨念とでも言うべきものが不可能を可能に成し得たのであろう。
この人は「馬鹿になれ、自分は馬鹿だ」とよく言う。
確かに馬鹿げた事をよく言う、しかし俗に言う馬鹿ではない。
馬鹿過ぎたのである。
中途半端な馬鹿ならば、人の成し得なかった事を成し得るはずがない。
馬鹿に徹し、我侭に徹し、大法螺を吹き回ったのが良い結果を生んだのである。
しかも、十数年~20年間である。
恐らくは、いい加減さも手伝って自分をも騙し続けていたので何も感じなかったのであろう。
何という凄い事、正に本人曰く”鈍ら刀で首が切れない”訳である。
これは常人に成せる技でなし。
鋼入りの精神と肉体、それに少々の恥知らず、兎に角、良い意味と悪い意味の両方で普通ではなかったのである。
好感の持てる変人なのである。
そして、稚気愛すべきおじいちゃんなのである。
今でも相変わらず大法螺吹き。
年とともに直ぐにバレル嘘も多々でるようになった。
奥様曰く、10個の内本当の事は1個しかないそうである。
これで生活が成り立つ不思議な家。
実に面白い、元気満々、目はギラギラの翁である。
この人を酒の肴とした一杯、一杯・・・また一杯が実に楽しい。
《悪戯》
嫌悪をこめて、厄払いのおまじないです。
これで、邪気払いができるでしょう。
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「志には2つある。
1つは、勤皇の志士達のように死を覚悟の志。
他は我侭である。」
そして、後者の我侭こそが人間にとって一番大切なもの。
会社を退職した大先輩の言葉である。
確かに我侭で気ままな性格の人。
いい加減で多少の法螺話も・・・。
おまけにかなりのズボラ。
しかし、以外に気遣いがあり人を楽しませ自分も楽しむ不思議なタイプ。
一番印象に残るのは四面楚歌の中、何年も何十年もの時間をかけた不可能への挑戦、そして何人も成し得なかった事を見事やりとげた業績であろう。
普通の精神力でもない。
人間離れした頑固さで意志を押し通した人である。
かなりの石頭でもある。
今、このような面白く気概のある人をほとんど見ない。
所謂人物がいない。
周囲は自分を含め小物ばかり。
英傑のいなくなったこの国の行く末や如何にせん。
その人ももうお爺ちゃんで、晴耕雨読の傍らお孫さんのお守り。
あの人が・・・・・感慨深いものを感じる昨今である。
諸行無常、人の世の激しい移ろいであろうか。
《悪戯》
嫌悪をこめて、厄払いのおまじないです。
これで、邪気払いができるでしょう。
"我侭日記
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