永遠のミュシャ - 韓国語でムハ(무하, Mucha)
金曜日の夜、どこか心地よく感じる夜の雰囲気。
金曜日の夜は特別だ。
闇に包まれ、安心感のある存在になったような気分。
色とりどりのネオン、街灯の光、そして黒く染まる背景の中、誰かが突然飛び出してきそうなこの夜は、まるでマロニエ公園でよく見た小さな演劇舞台を思い出させる。
主人公ではなくても、助演や舞台スタッフであっても、一つの演劇が生まれるその瞬間に自分がいたことだけで、ゾクゾクするような体験になる。
現代の人々は、仕事に疲れた体をこうした夜の背景の中で癒しているのかもしれない。
そんな金曜日の夜、私は渋谷ヒカリエで開催されている 「永遠のミュシャ」 展覧会を訪れた。

ミュシャとの出会い
「永遠のミュシャ」の広告を見た瞬間、20メートルにも及ぶ巨大ホールの四方をスクリーンで囲み、100年前のミュシャを映し出す――そんな光景を想像し、迷わずチケットを購入した。(しかも今週末で終了するというタイミングだった。)
ステンドグラスを思わせる華やかな色彩、繊細な線、平面的な表現と大胆な色の調和。
規則的でありながら流麗な背景は、一瞬で目と心を奪った。
展示の始まり
この展示の鑑賞方法は独特だった。
床に円形に並べられた座布団に座り、四方のスクリーンに映し出される作品を堪能する形式。約200人ほどの観客とともに、ミュシャの世界に引き込まれた。
展示は19世紀末から20世紀初頭、チェコを舞台に幕を開けた。
ミュシャが生まれた小さな町、そして彼がパリへ渡り、世界博覧会で成功を収めるまでの軌跡が描かれていた。

床にもプロジェクションが映し出され、まるで絨毯が広がっているようだった。

ミュシャの成功と新たな芸術
ミュシャが成功を収めたのは30代になってからだった。
当時、彼はパリで出版社のアルバイトをしながら生計を立てていた。
そんなあるクリスマスシーズン、パリの有名な女優のポスターを作る仕事を引き受けることになった。
多くの芸術家が休暇で街を離れていたため、彼にそのチャンスが回ってきたのだ。
締め切りが迫る中、彼は見事にポスターを完成させた。
その作品は女優の心を掴み、2人は6年間の専属契約を結ぶことに。
これを機に、ミュシャは自らの才能を存分に発揮し、彼の作品は 「アール・ヌーヴォー」 という新たな芸術潮流の先駆けとなった。(下の画像がそのポスターである。)
悲しいことに、偉大な芸術は貧しい芸術家に資金がなければ生まれない。
彼の初期作品は、美しい若い女性を中心に構成されていた。
「女性を最も魅力的に、最も美しく見せるには?」
その線の流れ、表情、視線、指先、しなやかな姿勢――そこに豪華な花々や衣装、髪飾りを加えることで、女性の美しさを最大限に引き出した。
さらに、背景をシンプルで繰り返しのある模様で装飾することで、主役の女性を際立たせた。
華やかな色彩とその調和が芸術の感覚を広げ、太く独特な線の表現がミュシャの作品を唯一無二のものにした。


チェコ独立とミュシャの使命
その後、ミュシャは第一次世界大戦中にドイツ軍に占領されたチェコへ戻り、芸術を通じて独立運動を支援 するようになる。
彼の後半生の作品は、チェコの独立と民族の誇りを表現する壮大な大作へと変貌した。
このために彼は20年もの歳月を捧げ、それらを 「スラブ叙事詩」 と呼んだ。

これらの作品は、ダ・ヴィンチやレオナルドのような古典的なスタイルに近づいていた。
パリ時代のアール・ヌーヴォーとは異なり、宗教画のような壮麗な構図が特徴的だった。
作品の目的、配置、意図――すべてがチェコ独立のために作られたものであり、彼の天才的な色彩表現や人体の美しさはより成熟していた。
展示を終えて
最後の映像が終わると、ミュシャの生涯を展示したホールへと移動した。
そして、最後のホールで私は 「ミュシャは生まれながらの天才ではなかった」 という事実を知った。
一つの作品を完成させるために、彼がどれほどの時間を費やしたのか。
作品の参考にするために収集した大量のスケッチ、パリの街角で撮影した若い女性の写真、細かなラフ画…。
「何か一つのことを上手くできることが天才なのではなく、何一つ諦めずに情熱を持ち続け、努力し続けることこそが天才なのではないか。」

その「続ける力」は10年や20年ではなく、生涯をかけて成し遂げるもの。
そして、その先には 「今まで人類が足を踏み入れたことのない、新たな真理の領域」 があるのかもしれない。


東京の金曜の夜
観覧を終えると、すぐにミュシャのグッズ販売コーナーがあった。
ミュシャのカレンダーに少し惹かれたが、結局は眺めるだけにした。
今夜は金曜日。

東京の無数の人々の中に混ざりながら、私はミュシャを鑑賞した。
目の前の日本人たちは…好奇心旺盛で、芸術に興味を持つ人々。
ソウルの美術館で見かける韓国人と大して変わらない、そんな気がした。
今日の観覧でミュシャについて深く知ることができただけでなく、
「東京の人々の空気感が、ソウルと変わらない」 という安心感も得た。
こうして、東京の夜は更けていく。

ミュシャが魅せてくれた、幻想的な舞台とともに…。



