滅ぼされたかもしれない
それでも、
滅ぼさなかったことが事実だ。
侵略されたかもしれない。
ただ、侵略などしなかった。それだけだ。
愚かかどうかの判断はいらない。
滅ぼされたとしても
侵略されたとしても
わたしたちはみなそれぞれの
いまここ
にて
しあわせであろう。
守りたかった気持ちを責めることはない。
あの時感じたすべてを否定する必要もない。
ただ、
守りたかったのは、
守れたかどうかではなく
守りたいほどの大切さを感じる事ができていた
その事実だけでじゅうぶん。
守れなくてもいいのだ。
いまここで
しあわせであろう
わたしたちひとりひとりが。
ただそれだけで
あの時消えたすべては
いつまでも輝く光でありつづける。
攻撃してきたみなそれぞれも
どうか
いまここで
それぞれ
しあわせであろう。
それだけでじゅうぶんだ。
闇があったとしても
結局はひとつなのだから。