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26日のサンデーモーニングでの事、「鎮守の森」を造って東北の津波の街を再生しようという宮脇先生の提言のお話が紹介された、同じ仕事に携わらせていただく者として至極当然で心打たれる。

氏の手法は若輩が紹介するまでも無く、植生を知り尽くした上で、瓦礫さえも受け入れて再生に一役かってもらうという鎮魂の念深く、また良い意味で合理的であり、理に叶った手法に感嘆した次第。


ふと、仙台地方で先祖から伝わり今でも数軒で守られている「イグネ」を思い起こした、正に輪廻転生、いま風に言えばサスティナブルな仕組みも合理化と都市化の波に翻弄されもう残す所も僅かであるが、世界遺産などでなくて良い、震災を経ていま「日本の文化遺産」として大切にしなければならぬと感じる。


聞き及んだ話の受け売りで恐縮だが、この場所よりも海側には居を構えてはならぬと言う、先人の教えの標があると聞いた。誤解を恐れずに言えば、被災された方々が大変お気の毒なのは当然であるが、それにもまして、ご先祖様の無念が如何ほども大きいか・・・と考えると言葉が無い。


宮脇先生の手法に感心、共感しながらも、岸井さんは冷静に現行法では瓦礫をも一緒に埋め立てての実行が難しいと解説された、真に正しく言われる通りである。

出来ないのである、それがルールであり現状であるのだが・・すかさず関口氏が「そんな馬鹿なこと・・」氏の悲しい位に乏しい知識には岸井さんもそれ以上の説明を止めざるをえなかった次第。


さりとて法は変えれば良い、資金は募れば良い・・・ただ不安を覚えるのは自然が待ってくれるだろうか?そして人は我慢出来るだろうか?と言う事、100m巾で高さ30mの「鎮守の森」が出来れば、どんなに堅牢なコンクリートの壁よりも永遠に鎮魂の礎として受け継がれると確信するが、瓦礫の中にエゴが混じらぬ事を願うばかり。


遠く離れた九州の地では有るが、やがて来る数千万本の苗の植樹に備えて基金を貯める準備を始めよう、

日々の小さな小さな積み重ねがいつか役に立つと信じつつ。



先日の新聞記事、市役所の一階フロアをリノベーションするという、
市役所が、議会棟が、警察が・・天神の真ん中に必要なのか?は誰も疑わない・・・何かが間違ってる、
博多と福岡を繋ぐ「幹」が無い、世界に誇れる「道」が無いと感じる、焦る。


昨夜、成田から霧の上海に遅く着いた、待っていてくれる仲間と市内で合流し深夜まで話し込んだ、

進まぬ復興、瓦礫処理に相変わらずの政治や景気、海外に住みつつも日本の心が嬉しい。

混沌、活気、がさつ、めちゃくちゃ…さりとて沢山の街路樹、公園も多い、そんな上海に通って早10年、

「豊かさとは」を疑う。

今年はフロリアードがオランダで開催される、10年に1度のランドスケープと園芸と環境のイベント、

次の世代や時代に形でメッセージを発信する最大のイベント・・・確かな「幹」だと実感する。
前回2002年に訪問して、10年に1度だから次は・・・恐ろしい年齢になると思うと人生に役立つのは最後か。

福岡に九州に日本で世代に引き継ぐ「証」が要る、造りたい、作らなければならぬとも思う。

正しい「公共工事」とは?と考える、天神や博多や北九州の電柱が街路樹に替わり、国体道路が石畳になる。
私利など軽く超えて、30年かけての「街」の「幹」造りがはじまったら・・・わくわくする。

警固公園をちょっといじるのもまあ悪くは無いが・・・志は大きくないとつまらない。


今日も雨模様の上海


珍しく福岡市内が雪景色の静かな19日(日)の朝、サンデーモーニングで静岡県での瓦礫処理受け入れ反対の

映像が流れた、やっぱり…

涌井先生は誰も非難される事無く街路樹に例えて、「街に環境に樹木は欲しい、必要だとほぼ誰しもが言うが、

葉っぱが落ちると、たちまち苦情が出る」とお話しをされた、全く同感であり専門分野での例えに感謝。

本音と建前、詭弁、ふり…は通用しない、言い換えれば「論無き反対は罪」 「他人には迷惑掛けなくても黙って

いるだけでは罪」とも言えまいか?そう考えるとあらゆる社会の歪みも見えて来る。

他人事には正論を打つが身を切る話には無関心、反対では何一つ解決しない事だけははっきりして来た。

さて福岡県民、市民はどうしますか?瓦礫受け入れは?数値が低くても受け入れませんか?

消費税は?TPPは?沖縄の負担軽減受入れは?etc etc

目を覚ます最後のチャンスが来ているが・・