カランカラン‼️

ホモ・サピエンス研究所の研究室の机に並べられ

ていた栄養ドリンクの缶類が地面に落ちた音で、

新人研究員Wは目を覚ました。

「おはようございます。

アメリカのカリフォルニア州のサンディエゴの高

校生、ランディ・ガードナー君は11日間の不眠記

を樹立しましたが、年内には記録を更新できる

のではないかと思う、新人研究員Wです。」

    新人研究員Wの様子を向かい側に座っていたベ

テラン研究員Tが鼻で笑った。

「お前にランディ君は破れまい。ウリジンや酸化

型グルタチオンが分泌されて、あっさり眠気に負

けていたではないか! 眠くなると足に針を刺して

勉学に励んだ先人たちを見習って働け!」

「これは横浜中華街の占い師に何十体もの動物霊

が憑いていると言われ、科学者のくせにマスの

怨みを恐れているTさんじゃないですか?」

   ベテラン研究員のTは顔色が悪くなり、そそく

さと席に座った。

「く、くだらない話をするな!

ホモ・サピエンスについてのレポートは書いたの

か?」

「ああ、仕事の合間にしっかり書いてますよ。

意外だったのが、ヒトと類人猿を生物学的に

するのが難しいという点ですね。」

「なぜ、意外だったんだ?   ヒトと類人類はDNA

の塩基配列では類似性が高いから、当然じゃない

か?」

    ベテラン研究員Tは中華街の占い師から購入し

た怪しげな数珠を撫でて聞いてきた。

「・・・何の変哲もない鉱物に頼る先輩に科学的

な根拠を話すのは心外なのですが、我々は見た目

でヒトと類人猿を見誤ることはないじゃないです

か。それなのになぜだろうって考えたんです。」

「まあ、犬と猫の違いみたいなもんだな。」

「犬と猫ー?」

「ああ、ただでさえ性能が悪いことに加え、いく

ら睡眠不足のお前の脳でも、犬と猫くらいはすぐ

に見分けられれだろう?  しかし、それを言葉で

説明しろと言われたら難しいんだよ。」

「・・確かに言われてみれば、難しいですね。」

「生物学的に見ていくと、直立二足歩行というの

が重要な点の一つだが、それを聞いてもしっく

りこないだろう?」

「う〜ん、正直、もっと大きな差はないかなと考

えてしまいますね。」

人間を人間たらしめている脳とされている大脳

新皮質でさえ、ヒトとサルの脳を細胞構築学的

てもほとんど差がいんだよ。つまり、科学的に

説明するのは困難だ。」

「ヒトとサルは脳構造もそっくりなんですね。

いや〜これは驚きですね‼︎」

「人間とは何かは主題が大き過ぎるな。もっと、

限定的にしないと難しい。ああ、そういえば、

今の話を聞いて、生物学からは離れるがおもし

ろい話を思い出したよ。確か、プラトンは人間の

定義を羽のない二本足の動物だとしたんだよ。」

「おお、確かにヒトは裸のサルと呼ばれています

ね。」

「そうしたら、ディオゲネスが鶏の羽根を毟って

これが人間かとプラトンに突き出したらしい。」

「なかなか興味深い話ですね。」

「その後、平たい爪をしたという文章をつけ加え

たそうだが、プラトンのような大哲学者でさえ、

答えに困る問いなんだよ。」

「ヒトとは何か・・。」

「哲学は言葉で説明し尽くそうとするもんだが、

なかなか人間の本質を表現し尽くそうとするのは

難しいんだよ。」

「そうですね。Tさんの背後に見える黒い靄も科

学的に説明するのは困難そうですもんね。」

「・・・」

    その日の夜、ベテラン研究員Tは原因不明の幻

聴に襲われ、二本目の数珠を買いに早朝の横浜・

中華街へ向かった。