何年か前に書いた物語です。
「少女たち」
第1話 エアメール
鎌倉の急な坂道の上にある古びた一軒家で一人暮らしをしている一人の老婆。彼女は長年連れ添った夫を癌で亡くしてここに引っ越して来たのであった。
「何で、ここに引っ越して来たんやろ?」
お買い物からの帰りに、この坂道の下に立った時、何時も、この愚痴が頭に浮かびます。
この長い坂道の上に、私の夢のマイホームがあります。夢のマイホームと言っても築35年の少しくたびれた木造の平屋建ての家です。1年前、夫を癌で亡くした私は、年をとったら都会に住んでた方がいいと言った娘や孫の忠告を説き伏せて、東京からこの街に越して来ました。海が見える丘の上に住む事が、私の若い頃からの夢だってんです。それは、もし、その夢が叶った時、それからの人生が変わるような、そんな予感がしていたからなんです。でも、その夢が叶ったのは、こんな歳にになってから。人生ってこんなもかのかなと、やっと、悟ったような気がします。今さら人生が変わったところで仕方がないですよね。
その日は、夕陽の橙色がいつもと違って少し紅色をしていました。
「あっ、痛いたたた・・・」
坂道の途中で急に膝が痛くなってしゃがみ込んでしまいました。
「おばあちゃん!大丈夫?」
後ろから、声をかけてくれたのは、隣のアパートに下宿している大学生の優也君でした。
「ああ、ゆうちゃん!何か、急に膝が痛くなって・・・」
「そう それは大変!歩けそう?」
「ちょっと、手、貸してくれない?」
私は、優也君の手につかまって、なんとか、立ち上がることが出来ました。
「どう?歩けそう?」
「うん なんとか・・・このまま、掴まってていいかな?」
「うん!その袋、持ってあげるよ。」
「おおきに。」
私は、京都生まれの京都育ちです。
建築会社に勤めていた夫の転勤で、40年前に大阪から東京へと引っ越して来て、関東での生活は長いのですが、ふとした時に、関西弁が顔をのぞかせます。
「学校の帰り?」
「うん!4講目が、休講になっちゃって・・・」
「そう。で、ゆうちゃんは、何の勉強してるの?」
「理工学部で、航空宇宙工学を勉強している。」
「こ・・・何か難しいことやってるのね。おばあちゃんにはチンプンカンプン。」
「いつか、自分が設計した飛行機やロケットを世界中の空と宇宙に、飛ばすことが夢なんだ。」
「ふーん、それは、たいそうな夢。でも、その夢、叶うといいね。」
「うん!でも、今日もまた、随分、買ったね。」
「行ったついでに、あれもこれもって思もたら、つい、何時も、買い過ぎていまうのよ。」
「おばあちゃん 意外と欲張りだね。」
「分かる? 欲張りは昔からだから・・」
と、優也君が、私のエコバッグに付けている古いお守を見て。
「これ、いつも付けてるけど、どこのお守り?」
「あーあ、それがわからないの。」
この赤か茶色かわからない色をした古いお守りは、私が、物心がついた頃から、持っていました。でも、誰から貰ったものなのかがわかりませんでした。また、どこのお守りなのかも、擦り切れて読むことが出来ませんでした。
そうこうしてるうちに、やっと、山の上、いや、丘の上の我が家の玄関に到着しました。
「お・・・ありがとう。悪いけど、荷物、玄関の前まで持って行ってくれないかな? 後は少しづつ運ぶから。」
「うん!了解!」
その間に、私は、ポストから数通の郵便物とそれよりも多いチラシを手に取りました。
「おおきに。」
「膝、大丈夫?」
「う、うん!大丈夫。」
「また、手伝える事があったら何時でも声かけてね。」
「優しいのね。」
「俺、小さい時、おばあちゃん子だったからさ。」
「そうなの。」
「でも、その、おばあちゃん、去年、天国へ行っちゃった・・・」
「そう・・・だったら、私が、ゆうや君の新しいおばあちゃんに、なったげる!」
「ほんと?ありがとう!」
そのはにかんだ笑顔は、遠い昔に、どこかで、見たような気がしました。でも、その時は、それが、誰なのか、思い出せませんでした。
「でも、何十年ぶりだろ?」
「何が?」
「男の人と腕組んだの。」
「こんなイケメンでドキドキした?」
「アホ!」
「じあ!」
その彼の後ろ姿を見つめて私は、こう呟いていました。
「誰、なんやろ?」
買って来た、お野菜、お肉、調味料、それから、夜のお楽しみの缶ビールと、おつまみの枝豆を冷蔵庫にしまった後、私は、リビングのソファーに腰かけて、郵便物を見ながらコーヒーを飲むのが日課になっていました。その日も、いつもの様に、一枚、一枚、郵便物を眺めていました。郵便物っていっても、何時も来るのは、いつも行くスーパーやショッピングセンターのセールの案内ばかりでした。でも、その日は、その中に、見たこともない、一通のエアメールが紛れていたんです。
「誰から?」
つづく
