“九月”を離れて僕はベース&ヴォーカルに戻った。羽中の家はいつの間にか同年代のロッカーのたまり場になり、色んな音楽仲間と知り合うことが出来た。僕は”九月”のような特定のバンドは組まなかった。その音楽仲間達の中でいくつかのセッションバンドが生まれ、僕は複数のバンドのベースやヴォーカル(ベース兼ヴォーカルが大半)をやるようになった。(もちろん小川や羽中ともセッションとして一緒にやったバンドもあった。)今から思えば、熱い時代だった。毎晩熱く音楽を語った。音楽的に一番充実していた時期かもしれない。これとは別に、アコースティックの世界でもソロシンガーとして活動を続けた。学校のライブではベーシストとして、ベース&ヴォーカルとして、ソロシンガーとして何度も同じライブで出演した。この頃やった音楽は本当に多様であった。アーティストで言えば、ユーライアヒープ、ツェッペリン、ディープパープル、KISS,ウルトラボックス、サンタナ、ジミー・ヘンドリックス、ビリー・ジョエル、toto、松任谷由美、浜田省吾、ハウンドドッグetc・・・。本当に色んな音楽の勉強をした時代だった。