子供のころ、近くに、気軽に相談できる大人がいなかったので、
自分がそういう存在になれたらいいな、と思っていた。
といっても、それは、ここ最近のはなしで、
子供のころは、こんな母親には、絶対ならない、と思い、
こういう母親にはならないでね、と、手紙とかを書いたりしていた。
トイレで、紙を燃やしたりしたこともあった気がする。
発散口がなくて、ひたすら大泣きしたり、母の作るご飯を拒否したりして、
半年くらい、コーンフレークで過ごしたこともあった。
4月にうつっぽくなって、カウンセリングに行って、
行ったことといえば、過去のトラウマと、向き合うことだった。
過去でいやっだことを思い出して、いえなかったことを、直接、母親や父親に行っていくというものだった。
それをやっていくにつれて、
苦しかったのは、私だけじゃなくて、母親も悲しかったのだと、いう結果になった。
そして、そんな家族に気づかなかった、気づいても見てみぬふりをしていた、
父親が悪かったのだということになった。
ただ、父と対面していくと、どう動いても、余計悪化するばかりで、どうしようもなかったのだと、いうことだった。
私は、父親を許したかったが、根底では、許していなかった。
起きたことを責めていてもしょうがない。
それでもやっぱり許せなった。
父親に対する否定が強くて、近くにいるだけで、疲れた。
なぜこれほどまで認めることができないのか、わからなったが。
おそらく、自分が傷ついたことに対して、まったく、どんかんなのだろう。
どれだけ説明しても、それに値する謝罪、理解はない。
そういう場面が、父親だけでなく、ちがう場面でも出てくる。
どれだけ説明しても、きっと、根本が伝わらない、
骨をおって説明しても、結局のところ、伝わらない。
そういうところに、今、自分は、いるのかもしれない。