昨日3月7日、午後8時50分、
3304g、49cmの元気な女の子が生まれました!
当日、早朝におしるしがありました。
それから10分間隔で弱い陣痛のようなものがはじまりました。
午後2時に病院入り。
その時点で子宮口は4cm開いていました。
それから陣痛促進のため、病院の廊下を、研修中の看護師さんの卵ちゃんのお二人に付き添っていただいて散歩1時間!
そのかいあって、子宮口は8cmに。
いよいよ陣痛室に入りました。
羊水を破って促進。温水のような羊水約1リットル。わりと気持ちがいい。「さあ、ここから痛くなってくるよ~!」と助産師さん。
ベテランの助産師さん2人の力強いサポートです。
安心した気持ちになれました。
会話で和ませてくれつつ、陣痛のたびにツボをさすってくれたり、手を握ってくれたり。
夫は遠方から飛行機でこちらに向かってきていて、さあ、間に合うかどうか!?
母が付き添って手を握っていてくれました。
だんだん痛みが強くなってきます。
「ふーう、ふーう、ふーう」と助産師さんと一緒に呼吸して痛みを逃します。
途中夕ご飯もすこし入れて。これも陣痛促進になるらしい。
2、3分おきに陣痛がやってくる。
「痛いよー!!」と叫びたいのを我慢して。
「ふーう!ふーう!ふーう!」
もはや顔は汗だく。うちわで仰いでもらいつつ。
この時間が約2時間。
ここが長かったあ。。。
そしていよいよ子宮口全開。
隣の分娩室へ移動。
カーテンを隔てて、3mくらいなのだけど。
「え~歩くの~?!」というくらいイタタタタ。
陣痛の合間にひーこらひーこら移動。
助産師さんが2人増えて強力サポート!
陣痛促進の点滴も入れ
いよいよラストスパート!
鼻には酸素チューブを入れて。
痛みにのって、大きく鼻から吸って、
『いきんで!!!』
ぐっと下腹に力をいれる。
『はい!もういちど!』
ゼエゼエゼエ。
私は顔を真っ赤にして『ウ~!!!』
「そうそう、上手よ~、あかちゃんが出てくるところを見て~」と励ましてくれます。
時々力み過ぎてお腹じゃなくて顔と声だけ力をいれてしまったり。
(これで顔の毛細血管がきれて顔中赤いポツポツがでました。)
はじめは1回ずつだったいきみが後半は2回、3回と続けて。
痛すぎる~!
いつまで続くの~!!!
けれど「もう出るよ~!」の助産師さんの声。
「よ~し!」
ラストは助産師さん一人が私の枕元に座り、太ももを私の頭の下に入れ込み、下腹に力が入りやすいよう
にしてくれて。お腹を押してくれながら。足側では、取り上げるのを誘導してくれながら。
「うぅ~!!!!!」
突然、下半身が火の様にあつくなりました!
唐辛子を口中にぬったようなかんじの感覚?
助産師さんいわく「灼熱的な」。
「頭出たよ~」
その直後、「う、う、う、う~」でつるんと生暖かい体が出てきてくれました。
ひゃあ~。。。
すると「ほ、ほぎゃあ」と。
なんともかわいらしい声が聞こえました。
「ほぎゃあ、ほぎゃあ」
無事にうまれてやっと安心しました。
ここが1時間。
うちの子は助産師さんが感心するくらい最後の最後まで動き回っていました。
「元気な子やね~。ダンスしてるよ~」
それからするりと胎盤を出して。
産後の処置をして、2時間ほど母体の様子に変化がないかどうか経過観察。
私はひたすら脱力というかリラックス。
終わったあ。。
もう痛みは来ないのね。。。
ふう。。。
赤ちゃんは処置室へ。
夫はタッチの差で立ち会いには間に合わなかったのだけれど、その後、御対面。
「かえらしなあ。。。」
しばらく赤ちゃん室で赤ちゃんに夢中。
両親もめろめろ。
私も早く動いて赤ちゃんしっかり見たいよ~。
この日は歩けないためタンカで自室まで連れて行ってくれました。
興奮してあまり寝られず。
今日は赤ちゃんとしっかり対面して
初抱っこ、初母乳、おしめかえ。
かわいいなあ。。。
しみじみ。
夫も哺乳びんでミルクをあげて。
涙、涙。
よかったなあ。。
今日はわたし達2人ともネムネム。
今晩もう一晩は赤ちゃん室で預かってくれます。
さみしいけれど。
ゆっくりねてまた明日からよろしくね!
赤ちゃん!!!
私はバカ正直なところがある
物の見方も単純なところがある
のは、前から知っている。
人には言葉や行動など目に見えるものより、もっと多くの気持ちがある。
そんなのは当たり前のことと誰もが知っていると言われるかもしれない。
人のその隠れた部分を想像する。
想像して感じ取ろうとする。
それから声をかけてみる。または声をかけるのは控えたり。
想像は間違っているかもしれない。
声をかけて失敗するかもしれない。
声をかけなかったことで失敗するかもしれない。
でもいずれにしても
相手のこと、まわりのことで、目に見えないことを感じるような心を持っていたいと思う。
それにはやはりまわりのことをまずは見ること
相手のことを受けいれてから
はじまるのだと思う。
相手をよく見もしないで
自分の考え方で
ああだこうだ言う前に
何故今日はこんなことを書いたのか。。。
ち ょっと反省するところがあったので。
物の見方も単純なところがある
のは、前から知っている。
人には言葉や行動など目に見えるものより、もっと多くの気持ちがある。
そんなのは当たり前のことと誰もが知っていると言われるかもしれない。
人のその隠れた部分を想像する。
想像して感じ取ろうとする。
それから声をかけてみる。または声をかけるのは控えたり。
想像は間違っているかもしれない。
声をかけて失敗するかもしれない。
声をかけなかったことで失敗するかもしれない。
でもいずれにしても
相手のこと、まわりのことで、目に見えないことを感じるような心を持っていたいと思う。
それにはやはりまわりのことをまずは見ること
相手のことを受けいれてから
はじまるのだと思う。
相手をよく見もしないで
自分の考え方で
ああだこうだ言う前に
何故今日はこんなことを書いたのか。。。
ち ょっと反省するところがあったので。
