こんにちはあ

前回の皆神山神社様の記事を上げてから

ずうっと 検索で出て来た

皆神山の記事を読みふけっていました

 

自分のブログを早く書かなきゃいけないのにねえ

みなさんの凄い熱気を感じる

長文の考察レポートが

どんどん出てきて

キリがないんですねえ

 

面白い記事を書かれている方に出会うと

他の記事まで遡って読んだりして

みなさん面白すぎですw

 

ネタ元はやっぱり同じようで

なんとなく皆神山の

不思議の方向性もわかってきたんで

そろそろ自分の記事を書こうなと

 

皆神山といえば

大本教とのつながりが強いようですけど

あえてそのことに

触らないようにしている記事も多かったんですけど

やっぱり皆神山は奥が深いですねえ

 

あたしゃ

わかる範囲で書いちゃいますね

せっかく撮った写真は上げたいじゃないですかあ

 

 


熊野出速雄神社様
 

拝殿前の狛犬さん

親子でグ~~~!!

 

がぉ~~~!!

 


拝殿前に二つの小社が鎮座してました

奥は侍従神社様
 

左手の小社

 

出速雄命は諏訪大神の三男とされているので

大国主命のお孫さんて位置づけですよね

諏訪大神はタケミナカタの神様で

ご縁のある神様をお祀りされているのは分かるけど

 

 

右手の小社

こちらは・・・・

 


横に解説の石碑がありました

「古代より地球上において神界で選ばれた

唯一の聖地であり宮も又同じなり」

 

と記されているようです

 

天地カゴメ之宮 建立由来


昭和49年1月23日旧暦1月元旦

国常立大神お立ち上がりの神示あり
諏訪大神より信州神業に発てと神示を受け
皆神山へ行け

元の元の大元の大神様のお立ち上りと成りた

コトの大事の秘められしその頂上なる

神の御出現じゃと神示あり

神の洲と書いて神洲と読むことを知っているか

皆神山へ参れよと

神示を受けて皆神山に初登山をする
皆神神社神前にて午前10時入神状態となる

大勢の神々参集されたなか

新しい大神様

地上神界天降りを出産の型で示され

全ての神儀終了

この皆神山は古代より地球上において、

神界で選ばれた唯一の聖地であり

宮も又同じなり
天地カゴメ之宮は

上に 元津御祖大神

ヒマラヤから国常立大神の

元津神霊を宮の御大将と迎え

日之出大神はじめ天地八百万の神々

龍神眷属 モーゼ キリスト

ギリシャ神話の神々に至るまで参集され

此度神々より

皆神山守護のため宮の建立を許され

ここに謹んでお受け致した次第を印す

平成元年十月十日
天地カゴメの宮斉仕 神宮一二三

 

神宮一二三という女性祈祷師さんによって

建立されたものと云われています

 

※元津御祖大神(もとつみおやすめおほかみ)は

出口王仁三郎氏が詠まれた

天津祝詞に出てくる神様だそうで

大元教の関連の方なのかもですね

 

この碑文の上部のマーク

どう見ても六芒星と十六菊花紋ですよね

ということは

あれのことですよねえ

以下自粛ということでw

 

でも こちらさま

けっこう清々しさが感じられて

嫌いじゃないですw

 

 

カゴメ之宮さんが奉納されたんですね

凛々しいお姿

かなり気に入りましたよお

 

筋肉りうりう~

 

御神木

熊野出速雄神社本殿のちょうど裏側に

樹齢1300年と言われているご神木がありました

 

ヒムロビャシンの木

 

 

ぐねぐねですねえ

 

富士浅間神社様に行く途中に

出口王仁三郎氏が伝え残した歌碑がありました

皆神山は尊い神山であって世界の中心地点である

という内容だそうです

 

地質学上

世界の中心山脈の

十字形せる珍の神山
天霊の聖地に些しも違はざる

尊き神山皆神の山

 

ういきより

出口王仁三郎氏は

幕末から明治にかけて生まれた

天理教金光教とならぶ神道系新興宗教で

昭和初期の新宗教大本教の

二大教祖の御一人だそう

大本によると

富士山が天教山で皆神山が地教山であるとされ

この皆神山は重要な聖地ということになっている

現在ある新興宗教のほとんどは大本の流れを汲むか

大本の教義の影響を少なからず受けているといわれている

 

歌碑の裏側

 

第二次世界大戦末期

日本の敗戦色が強くなってきた頃

この皆神山の地下に

皇居 大本営 政府施設を移転する

遷都計画があがって

終戦前の完成には至らなかったけれど

実際に地下壕が掘られていたんですね

 

実際に掘り始めると皆神山は地盤が弱く

安全性が確保できないため倉庫のみの利用として

中心施設は近隣の

象山や舞鶴山に変更されたんですね

 

※この後地下壕に行って来ましたよ

 

なぜ

皆神山に皇居以下を移そうとしたのか

ひよっとしたら天皇家に

古代の超科学に関する記録が残っていて

此の地から起死回生の

日本復活を図ろうとしたのではないだろうか

と 言われては いるようですね

 

戦前には
陸軍には竹内文書の「皇祖皇太神宮 天津教」の信奉者が

海軍には「大本教」の信奉者が多くいた節があり
そのどちらも

皆神山を神聖な場所だと主張していたわけで

当然のように実現されたんだとか

 

皆神山は

竹内文書の竹内巨麿氏も関りが深かったと思いましたけど

現地に伺ったら大本教の関連ばかりでしたね

 

コノハナザクラ

富士浅間神社への参道の鳥居の手前に

ポツンと桜の木がありました

 

※ブログ記事を書き始めてから分かった

奥のきれいな芝地がゴルフ場跡だったのね

後で書きますw

 

こちらの桜は出口王仁三郎氏が教祖を務めた大本教団の

敷地内から見つかった新種の桜だそうで

ご縁があるとのことで こちらに寄贈されたとか

五代目教主様がお手植えになったと書かれていました
 

コノハナザクラの解説

開花している頃にまた来たいもんです

 

「みすゝかるしなのゝくにの神山にともらつとひて世をいのらなむ」

 

大本 三代目教主 出口直日氏の歌碑

「みすゝかるしなのゝくにの神山にともらつとひて世をいのらなむ」

昭和29年に皆神山山頂で執行された平和祈願祭に際して詠んだ歌である

平成16年建立

 

富士山 三国第一

富士浅間神社への参道

 

富士山の女神 木花咲耶姫命を祀る

富士浅間神社様でした
この辺りが神社の境内のある中の峰の最高地点なのかな
 

覆家の中には新しめな石のお社がありました

特に何もなさそうだったんで

簡単に到着のお詣りをさせて頂きました

 

帰宅後調べたら


富士浅間神社の裏に石で囲まれた小さな井戸がある

底は埋まっているようだがこの穴は

皆神山内部の空洞までつながっていて

空気穴の役目をしているといわれている

周りの石には磁気異常があるともいわれている
何のためにあるのかその実態は不明なのである… 

 

調べてるうちに見つけちゃいましたよw

 

昭和59年にサンデー毎日で

大追跡!日本にピラミッドがあった!?

とかいう

長期にわたった特集を連載した折

皆神山を大規模調査をしてから

こちらが

一躍有名になったらようですね

 

他にも

位山のピラミッドとかの記事も・・・

読んでみてえ~

 

なんとなく覚えているなあ

確か雑誌は購入した気もするねw

 

今でも当時の雑誌がネットで取引されてますね

1万円以下では買えないみたいw

数万円もする

結構高額な資料集とかもあるのが

ビックリしましたよ


駐車場の看板の原文を書いた山田久延彦氏が

その調査メンバーの中心人物だったんですねえ

皆神山は太古日本の超テクノロジーを使った

人口造山ピラミッドであると主張したため

話が大きくなって

一般人に広く知られるところとなったわけなんだだとか

 

へえ~

 

面白くなっちゃって

ブログ作成を忘れて

どんどん寄り道をしていたら

当時の顛末のまとめを見つけちゃいましたあw

 

サンデー毎日の特集には

小松左京氏 松本零士氏なども係わったり

かなりのセンセーションだったんですね

 

だんだん思い出してきましたよ

昔 深夜にやっていた

プレステージとかの深夜TVで

日本のピラミッド特集の回とか

オカルト特集の番組に

当時その特集を担当していた

サンデー毎日の編集長だったか

特集担当だったかの方が出ていたなあ

 

後年 土曜日 朝の関口某氏のワイドショーの

重鎮コメンテーターをやられていたのを

たまたま観かけて

ビックリしたんだよねえ

 

ああ~このひと・・・

あの時の人だってw

昔はオカルトを積極的に公定したり

常識を疑え的な

若くてかっこいい立場だったのに

後年TV番組で

政府批判とかバシバシされていて

お偉くなったのね~

変わるもんですねえ世の中はw

 

寄り道が過ぎたんですけど戻りますね

 

なんとなく

本殿の裏に廻ってみました

 

おお~ここだったのかあ

謎の井戸って

気が付いて良かったなあ

 

お賽銭の数をみると

ここが皆神山で一番の

パワースポットで人気なのかな?

 

こちらに来る人達は

本殿裏の分かりにくい処なのに

確信的に参拝してるよねえ

 

あたしは一周廻れると思ったから

なんとなく裏に入っただけなんだけどね

 

とりあえず神社の裏には行っとけっていう

ルーチンを忘れなくって好かったわなあw

 

竹の結界で側には行けないんだけど

井戸の底にお賽銭が見えているんで

かなり浅く埋まっているみたいかなと

なんとなく手をかざしてみたら

下からひんやり冷たい風が出ているみたいで

手のひらを手前にパタパタ動かして

しばらく風を身体に浴びせたりしましたよw

特に変わったことも無かったけど

冷気は確かに頂きましたあ

 

そろそろK君がしびれを切らせているだろうと思い出して

来た道を戻らずに

境内の杜から無意識に明るい外に出ました

 

久々の明るい空の下に出たら気持ちが好かったねえ

くるぶしまで伸びたきれいな草地を

ぽくぽく歩いて降りてたら

ほんと

気持ちが好かったねえ

 

以前から皆神山の頂上には

皆神神社とゴルフ場があるってのは知っていたんだけど

山の頂上にあるゴルフ場ってどんなんだろうって

イメージが出来なかったんですよね

 

釣りはやってるけど

ゴルフには縁がなかったんで

ゴルフ場って広大なクローズドした

隔離された平らな敷地のイメージしかないんでねw

 

だから狭い山の上にある事自体不思議だったし

神社とは離れた所に

あるんだとばかり想像してたんですよ

 

振り返るとけっこうな急斜面

スキーゲレンデみたいだとしか思わなかったかな

 

右の杜が神社の境内になります

ちょっとゴルフ場のことが思い浮かんだけど

この時はまさかゴルフ場って

こんな急斜面なわけないよなと

結び付いていなかったんですよね

 

見晴らしの好い所に降りてきました

 

山並みが見えなかったのは

残念でしたねえ

とりあえず

山ナビを立ち上げて撮ってみましたよ

撮れれば まだ稜線上部に雪が被っていたんだろうなあ

 

なんとここが

ゴルフ場のグリーンだったんですね

この位置がスタート台なのかホールだったのかも

ゴルフをやったことが無いんで

わかりませんけどねえ

 

帰宅後調べたら
神社とは隣通しで

隣接しているんだとばかり想像してたのに

 

Gマップで上空から見たら

神社の杜を囲むように全周囲

緑の芝生が茂ってましたねえ

山頂一帯にゴルフコースの跡が

くっきり写ってましたね

そーゆーことだったんだあ

長年の疑問が解けましたあw

 

詳細に辿り着くまではなかなか大変だったけど

10年ほど前から廃止となっているらしい

皆神山ゴルフクラブという

ゴルフコースだったんですね

 

過去ここでプレイをされた方々の記事を

やっと見つけたら

9ホールのショートコースで安いし空いているし

なかなか難しいコースで練習になって

面白かったんだとの

記事が少しだけ見つかりましたよ

 

皆神山のブログを調べていると

龍の形をした雲が撮れたり

光の柱や怪しい光の写真が

わりと出てくるんで

あたしにも写ればいいなあと

何枚も撮ったんですけどねえ

 

龍神様にお相手していただけなかったですねえ

精進が足りないんだなw

 

さてここで

お約束の線引きモノを少し

 

前回書いた位山水無神社お旅所の向きが皆神山

位山に居られたアマテラスの失踪先が皆神山


日本三霊山と呼ばれる富士山と白山と立山ですが

富士山と白山そして皆神山を

直線で結ぶとキレイな二等辺三角形となります
頂点の皆神山から南に垂直に線を伸ばすと

伊勢の伊雑宮にあたる

 

皆神山 阿久遺跡 浅間山の直角三角形を作ると

阿久遺跡ー浅間山の直線状に蓼科山が乗る

 

太白山(仙台)ー皆神山ー位山ー剣山(徳島)

 

皆神山 北緯36度33分

東経138度13分

鹿島神宮ー隠岐出雲の北緯35~36度のライン

から外れちゃったのがちょいと残念だけどね

 

他にも引けそうな線はあった気がするんだけど

とりあえずこんなもんで止めときますね

振り返ると侍従神社の建物が見えます

 

隋神門に戻る途中 三番目の井戸を発見

最初の駐車場と

富士浅間神社様の裏との位置を考えると

二等辺三角形の中に境内が

ほぼ包まれているようなんで

結界ということなのかもね

 

 

侍従大神入定所と五輪塔
 

「吾を念ずれば諸々の願いを叶える」

と言い究極の修行 即身仏になるため

入定された侍従大神 侍従天狗坊の碑と

内山夫妻の五輪塔があります

特に子供を侍従大神の弟子にすると無病息災に育つんだとか

 

そういえばここって

お稲荷さんが無かったなあと

御狐さんが好きなあたしとしては

気になってたんで調べてみたら

 

皆神山 山頂部には三つの峰があり

西の峰 中の峰 東の峰と呼ばれていて

昔はそれぞれに社殿があったとか

 

皆神山の地図上の最高地点は

東の峰に位置するピークで

現在ソーラー発電所との境界近くの石が

標高660mで一番高いとか

 

そこからちょっと離れた東の峰に

赤い鳥居があるみたいですね

 

皆神神社様の公式の境内図には

書かれて無かったんで

境内にはお稲荷さんは居ないという事なのかも

 

そういえば

皆神神社には狐の詫び証文が残されています

その由来には諸説あるが

狐つきの女性の手を取って書かせたものと言われているが

次のような説も存在すると

 

ある時

皆神山の麓にある村人達の畑が夜な夜な荒らされ

農作物が盗まれるという日々が続いた

村人達は夜番を立てて畑を見張っていると

皆神山から降りてきて畑を荒らし

再び皆神山に逃げていく影を目撃した

名主を先頭に山に上って山伏の頭領に掛け合うと

「それは皆神山に住み着いている狐の仕業に違いない

狐をキツく叱りつけ

詫証文を取ってやるから勘弁してやってくれ」

と言われた

 

修行僧たちの野荒らしを狐の仕業にしてしまい

狐の詫証文をとったというお話

公式HPから

ちょっと関係があるのかもね

 

随身門に戻って来ましたよ

 

駐車場から皆神山弁天社様を遥拝しました

 

お邪魔しましたあ

 

駐車場に戻ったらK君が退屈そうにたたずんでいました

車のキーを渡しとけばよかったかも

お待たせ~って

すぐに山を下りましたあ

 

こちら様は情報量が多すぎて

ブログも3回に分ければよかったかもですね

知らなかった事ばかりで面白かったけど

正直 疲れましたあ~w

 

皆神神社様には

また伺いたいと思ってます

 

次は洞窟巡りとなりました

 

長々と失礼しましたm(__)m