蝉



こんなにも暑い日 何故だか
中学二年の夏休み 林間学校で
高野山に行ったときのことを思い出す


賑やかなキャンプファイヤーも終えて
焚き火の炎が燃え尽きる間際
一瞬の静寂を衝くように ぼくたち生徒は
夜の闇の中で 蝉の声を聞いた


それがあまりに違和感のある啼き声で
ぼくたち生徒は ざわめきたった


教師のひとりが啼き声の聞こえる森林の方に
懐中電灯をあてると 驚いたことに
ぼくのクラスの担任のS先生が
ジャージ姿で 桜の木にしがみついて
啼いていた


帰阪して 夏休みが終わっても
S先生は 学校に来なかった
生徒の間で さまざまな噂が流れたが
結末の真相は
何でもないある日の新聞の片隅に
ぽつんと載った
「元中学教師自宅庭で灯油かぶり自殺」と


今年も暑い夏で 五十を過ぎたぼくは
アスファルトから吹きつける熱風に
火傷しそうになりながら
殺人的な夏の光に
息絶え絶えになって郵便を配達している


つかの間 赤バイクを止めて
空を仰いで 汗を拭ったとき
不意に S先生の
ぼくを呼ぶ声を聞く


あたりに人影なく
ただ
耳をつんざくばかりに
蝉が啼いついる


 清 崎 進 一