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☆るなとオテンバのHAPPY LIFE☆

モラ夫と、やっとの思いで…離婚できました☆7歳のオテンバちゃんとの記録と過去ネタを綴っています。それから…若年性乳がんになり、術後1年半後に再発・遠隔転移しました。シングルマザーで奮闘しながら病気とも闘っています。

あの後、肺に溜まった水を抜いてもらうために病院へ行き入院後、すぐに始まった処置。
とりあえず、どこまで溜まっているのかを確認のCT。
横になるのも辛いのにその上、上向き検査。
正直息が…呼吸が…怪しかったのを我慢して撮りました。
その後、主治医とCTの結果を確認して癒着術をする事になりました。




そして、病室内に案内された。と思ったのも束の間ゲッソリ
麻酔を何針か刺した後、肋骨と肋骨の間に(ドレーン)ぶっ刺されました。




麻酔のおかげで痛みはほぼなかったですが…水が抜ける抜けると、勢いが凄かった。
圧をかけなくてもスルスル抜ける(笑)
抜けるにつれて呼吸も楽になる。
取り敢えず、1日目は圧をかけず自然に1200ml抜きました。200ml抜いては30分休憩を入れて。
途中、勢い良すぎてゴホゴホとしんどくなったのでゆっくりめに抜いてもらったウインク
1日目が、こんな感じで終わった。
そして、2日目。
今日も、圧をかけなくてもスルスル抜けると。絶好調1日目と同じく、2日目は100ml抜いて30分休憩を繰り返しました。
ですが、限界がきたようで圧をかけて100ml抜くようにする。
結局この日は500ml抜いて終了。
そして、主治医の話によると…嬉しい誤算が起きていて、溜まりに溜まってたから、まだまだドンドン胸水が出るものだと思っていたのが、チビチビしか出ていなかったらしい。
そのため…
急遽、明日あたりに胸膜癒着術を始めようかニコニコと( ̄▽ ̄;)

まぁ、水が溜まらないなら、痛い思いをするのも早い方がいいか!!と考えて主治医の意見に一致。



そして、胸水が抜けたためご飯もたくさん食べられるお願いこれは、幸せでした。ホントに。


ですが…
この幸せも、この日を境に感じられない苦痛が伴ってきます滝汗





胸膜癒着術の当日、ドレーンの管より薬を入れていく主治医。
最初に痛みを麻痺させるキシロカインを入れて次にミノマイシン、ピシバニールと入れたと思った最後の薬!!に私の身体が反応してしまいゲロー
結果、死んだと思った程の痛みでした。
まるで…ナイフで刺されたようでした。
そんな状態だから、縮こまる体制になりたくてチーン
でも、縮こまると意味がないらしいのでアンペックを入れてもらい…取り敢えず横向きで15分、うつ伏せで15分(アンペックが効いてきた)、反対の横向きで15分、で上向きで15分、座位で15分
をこなしました。

その日の記憶は正直、しんどすぎて眠った記憶しかなくて滝汗身体が限界だったのだと思います。


次の日は、熱が下がらず⤵︎⤵︎痛みとも戦っていました。その日より熱は、2~3日続きました。痛みはしばらく続きます。
薬を注入していたドレーンはすぐに抜き取ったと思います。(記憶が曖昧でゴメンなさい)


そんなんだから、ご飯も食べられないのにロキソニンで解熱&鎮痛剤の効果を受けていた私。
ロキソニンって素敵だわラブって思ってたのも束の間。
その後、そのロキソニンによる胃炎で吐き続けました。約14日間。
食べられないので高カロリーの点滴を24時間付けっぱなしで、ただ匂いや刺激で吐く吐く吐く。とまぁこんな感じでした。何も食べていないので何も吐かないんですけどね(笑)


自然治癒やから…と主治医に言われても、吐き続ける身体に疑問しか残っていませんでした。








ただ、ホントに自然治癒。治療後2週間すぎると吐き気もなくなり、自然とご飯が食べたい!!と思えるようになり、少しずつ病院食を食べる事に。
その姿をみた主治医が感動したのか、ご飯が食べられるようになって3日め辺りに「週末、外泊してみる?」的な発言が。
まだ24時間高カロリーの点滴が付いているっていうのに。気が早いのではないかと思ったくらい(笑)吐き気が治まると同時に痛みもかなり楽になりました。




そして、週末。
金曜日より家に外泊しておりましたー
外泊なので、もちろん…病院へ帰らないといけないのですけどね。
2泊3日して、先程病院へ帰ってきました。


主治医の話によると、月曜の朝に血液検査をして異常なければ退院らしいです。





もぅ、勝手に退院だと私は思っているんですけどね(笑)





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