天災以外にも 様々な「想定外」が すぐそこに在るというのに
気付いている人、真面目に考えている人は どのくらいの割合いるのだろう
震災後 沢山の人が
「今の生活があるのは 当たり前じゃない事に気付いた」と言っていたけれど
少なくとも被災地以外の過半数の人は、やっぱり「当たり前」だと思っているように見えてしまう
夏と秋のテレビ番組の改編後の変わりばえのない ラインナップと
僕の同僚や友人達を見ていて そう感じてしまうのだ
本当に当たり前じゃないと 思っているのなら、もっと時事に関心がいくはずじゃないのかな
いびつと言えども 戦後66年の「平和」はどうゆう仕組みによって 成り立ってきたのか
これからはどうなるのか
今 そこにある危機は何なのか
中国はどれくらいヤバいのか
パンダは本当に中国の動物なのか
チベットやウィグルでは何が行われているのか
ナチスやポル・ポト以上に残虐な行為に我々は加担しているのではないのか
それは数十年後、沖縄から始まり僕らの子や孫にも行われるのではないのか
果たして それは
『想・定・外』
なのか
誰も津波のあれ程の被害を予想できなかった……
経済はどうなのか
食糧はどうなのか
一粒も残さずごはんを食べる人もいれば
自分で盛った食べ物さえ平気で残す人もいる
毎日 想像を絶する量の食糧を お店で コンビニで 社食で 学食で 工場で 家で 僕たちは捨ててしまっている
そんな堕落し飽食の限りを尽く僕らが
食糧の自由化なんて言えるだろうか
天の恵みと
永年にわたる多くの人の苦労と 大変な手間暇によって 毎日 食べる事ができている事を忘れている
今の日本に飢餓が少ない状態は当たり前じゃないんだ
今回の震災から学ぶと言うのは、震災は基より
震災以外のリスクについても 考えると言うこと
原発事故から学ぶと言うのは
アメリカの属国として その核の下の『ただれた平和』の上で経済的に豊かになり 思い上がってしまい
バブル後も ITバブル後も リーマンショック後も 反省しない僕たちが
謙虚になるということなんじゃないのかな
僕は そうゆうふうに考えます
自分の社会での今の持ち場を守り 小さな結果を出しながら 近くの人への情を忘れず 遠くの人への関心を忘れず 等身大のちっぽけな自分の継続できる事を続けて行きます